はじめに
- 近年、グローバルでの都市間競争が激化している。我が国の成長を牽引する大都市において、海外から企業・人を呼び込むことができるような魅力ある都市拠点を形成するため、都市再生特別措置法に基づく都市再生緊急整備地域が指定され、官民が連携して市街地の整備を強力に推進してきた。現在、全国の62の地域が都市再生緊急整備地域に指定され、そのうち国際競争力の強化を図るうえで特に有効な地域として11の地域が特定都市再生緊急整備地域に位置づけられている。
- こうした地域の多くは、大都市のターミナル駅周辺に位置し、都市の国際競争拠点として業務機能や人口が高密度に集積しているが、東日本大震災時には首都圏を中心に大量の帰宅困難者による混乱が大きな社会問題となった。しかし、首都圏でM7クラスの首都直下地震が発生していれば、大量の帰宅困難者の問題だけでなく、甚大な物的被害・人的被害も同時多発的に発生し、ターミナル駅周辺地域は大混乱したであろうことは容易に想像がつく。さらに地域内の企業等の業務継続も困難となり、我が国の経済に多大な影響をもたらしたことであろう。このような状況を踏まえると、ターミナル駅周辺地域の国際競争拠点としての機能を保持し、国全体の経済への影響・リスクを低減するためには、単一の主体による建築物単位での防災対策だけでは限界があり、エリア(地域)内の主体が連携・協力して、エリア(地域)全体の視点から防災対策(以下、エリア防災)を推進していくことが必要となる。
- 上述した背景のもと、特定都市再生緊急整備地域である新宿駅周辺地域では、新宿駅周辺防災対策協議会が中心となり、2007年度から新宿駅周辺地域地震防災訓練を実施する等、エリア防災の担い手の育成と地域連携の仕組みづくりを持続して進めてきた。2012年度には新宿駅周辺地域都市再生緊急整備協議会が設立され、新宿駅周辺防災対策協議会と連携しながら、都市再生安全確保計画に基づく対策の推進によりエリア防災の実現に向けて取り組んでいる。
新宿駅周辺地域の特徴
- 新宿駅周辺地域の核となる新宿駅には6事業者11路線の鉄道が接続し、世界最大である1日あたり約350万人の乗降客数が利用する。その新宿駅を中心に大規模な4つの地下街(商店街)と地下歩行者通路が当地域内に複雑にはりめぐらされ、新宿駅の西口地域には高さ100 m以上の超高層ビル約30棟を中心とする業務地域と周辺部に住居地域が広がる。その多くは広域避難が不要な地区内残留地区である。一方、東口地域には全国有数の繁華街である歌舞伎町や新宿三丁目などの大規模な商業地域があり、南口地域には新宿区と渋谷区の行政界をまたぐように大規模な商業・業務地域が形成されている。
- 当地域はこうした特徴をもつ地域であり、夜間人口に比べて昼間人口が圧倒的に多い。そのため、平日の業務時間帯に地震が発生し交通機関が停止した場合、東京都の想定では新宿駅周辺には37万もの人々が滞留し、そのうち約5万人が買い物客や観光客など行き場のない人々だとされる1)。行き場のない人々を一時的に受け入れるにしても約82,500m2(2人で3.3m2として計算)という膨大な待機スペースが必要となるが、これだけのスペースを新宿駅周辺で確保することは容易ではない。また、高層ビルや商業施設等の被災状況によっては約32万人の従業員等を施設内に待機させることも難しくなり、結果として新宿駅周辺には大量の行き場のない人々が発生することにもなる。しかしM7クラスの首都直下地震が発生すれば、この問題だけでなく、衝撃的な強い揺れによって超高層ビルの上層階を中心に多数の死傷者が発生することも考えられる。ライフラインの寸断によってビル機能が停止するなかで、大勢の負傷者の救護活動や高層階からの搬送も行わなければならない。また、ビルの飲食店等で同時多発的に火災も発生する可能性もある。そのほかにも、避難場所(新宿中央公園と超高層建物群の公開空地)のある新宿駅西口地域には周辺部(中野区や渋谷区)から大量の避難者が流入してくることも懸念される。
新宿駅周辺地域のエリア防災の取り組み
- 新宿駅周辺地域では、2002年2月に「新宿区帰宅困難者対策推進協議会」が設立され、官民が連携して駅前の混乱防止対策に取り組んできた。この協議会は2007年6月に「新宿駅周辺滞留者対策訓練協議会」へと改組し、東京都の駅周辺滞留者対策のモデル事業として全国初となるターミナル駅周辺の混乱防止訓練を実施した。この訓練で得られた課題を解決するため、2009年3月に防災に関する地域の行動ルールとして新宿ルールを策定した。2009年5月からは、検討課題を帰宅困難者対策から新宿駅周辺の防災まちづくりへと拡大し、「新宿駅周辺防災対策協議会」へと改組した(図1)。現在、当協議会には約70の地域事業者・団体等が参加している。
- 新宿駅西口地域に立地する工学院大学は、当協議会の設立当初から牽引役としての役割を果たすとともに、地震発生時には新宿駅西口地域の地域防災拠点として西口現地本部(図2)を設置し、地域の混乱防止と応急活動を支援する役割を担う。他方、地域防災拠点の平常時の役割として、地域連携の仕組みづくりとエリア防災の担い手の育成にも継続して取り組んできた。2007年度より地域事業者・新宿区医師会・新宿区など多様な地域主体と連携した地震防災訓練を継続して実施し、2009年度からは地域事業者の防災リテラシー向上のために、災害対応の知識・経験を得るためのセミナー(年5~7回程度)、実践的な技能を習得するための講習会(年2、3回程度)(図3上段、表1)、身につけた知識・技能を活かす地域連携訓練(年1回)(図3下段)を、体系化した教育訓練プログラムとして実践している。
- しかし、東日本大震災時に新宿駅周辺地域が大量の帰宅困難者で混乱したことから、輻輳にも強い非常時通信網及び地域内の情報連絡体制の構築、地震直後の一斉帰宅の抑制、帰宅困難者の安全な退避・避難誘導の支援、帰宅困難者への対応といった様々な課題が明らかとなった。そこで、新宿駅周辺防災対策協議会では、上述した活動成果をいかしつつ、これらの課題解決にエリア防災の視点から地域全体で取り組むために「新宿モデル」を提案した。
- 新宿モデルは、「情報収集・伝達モデル(情報連絡・共有のしくみづくり)」「避難・退避誘導支援モデル(誘導情報の提供のしくみづくり)」「医療連携モデル(医療・応急救護所のしくみづくり)」及び「事業継続可能な環境の確保モデル(事業・生活を継続するしくみづくり)」の4つのモデルで構成し(表1)、それぞれのモデルの実現を通じて、地域の社会基盤等の継続性や安全性の確保(主にハード対策)及び地域の連携による運営の仕組みづくり(主にソフト対策)を進める。同時に、新宿モデルの実現に必要な担い手をセミナー・講習会・地域連携訓練で育成しつつ、地域連携訓練において各モデルを検証していこうというものである。
- 新宿駅周辺地域の都市再生安全確保計画は、新宿モデルの実現を目指し、ハード・ソフト両面からの防災対策の充実を図ることで、滞在者等の安全性の確保及び立地企業等の事業継続性を向上させるとともに、当地域の付加価値も向上させ、地域の活性化と国際競争力の強化につなげることが最終的な目標である。
(図1 新宿駅周辺防災対策協議会の組織構成)
(図2 新宿駅の東西地域の現地本部および新宿区災害対策本部の位置関係 *Bing地図より引用 )
テーマ | 内容 |
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災害対応における企業の法的リスクと事業者等の連携による地域防災 | 応急救護活動や民間施設での帰宅困難者の受入れ等災害対応における法的リスクについて理解し、事業者や行政に求められる対策について考える。 |
首都直下地震等による東京の被害想定 | 地域防災計画等の前提条件となる東京都の被害想定を理解し、地域における具体的な対策課題を考える。 |
オフィス・ビル内で起きる地震被害と対策 | 事業所内での被害の軽減のため、長周期地震動等によるオフィス内の揺れや被害の特徴・対策の考え方等について理解するとともに、自社での什器類等の耐震点検方法についても学ぶ。 |
オフィス・ビル内の耐震対策方法 | オフィス家具・什器類の具体的な固定方法等に関するデモンストレーションを実施し、自社における耐震点検結果と照らし合わせて対策に役立てる。 |
オフィス・ビル内の防災点検マップの作成 | 大規模地震への平常時の備えとして、自社事業所内を点検し、防災上の特性や防災資源等を図面に落とした「点検マップ」の作成の考え方を習得する。 |
オフィス・ビル内の地震被害の想定 | 大規模地震発災時に、自社内及び自社周辺において発生し得る「被害」について、グループディスカッション等を交えて検討を行い、災害時の状況をイメージする能力を養う。 |
ビルの地震直後の継続使用性の判断 | 超高層ビルにおける建物被災モニタリング事例の見学、および建物使用性チェックシートやケガキを用いた建物継続使用判定の演習を行う。 |
応急救護講習会 | 傷病者に接し、応急手当、観察および搬送を行うために必要な基礎知識と技能を習得する。 |
災害時応急救護リーダー養成講習会 | 自社における応急救護等の災害対応をリードし傷病者を適切に医療者に引き継ぐために必要な知識・技能を習得する。 |
トリアージ研修会(医療者向け) | 一次トリアージ(START式)をマスターする。二次トリアージを体験する。 |
(図3 応急救護講習会の例(2012年度)(上段)と、地震防災訓練の例(下段)
(左下:多数傷病者対応訓練、中央下:西口現地本部訓練、右下:震災時を想定した学生ボランティア活動訓練))
モデルの名称 | モデルの考え方 |
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情報収集・伝達 | 事業・生活の継続及び災害対応に必要な正確な情報を収集・伝達する仕組みづくりを行う。また、必要な情報を地域で共有し地域内での連携・相互扶助に必要な意思決定のための情報の収集・分析を行う。また、地域内の混乱防止のため不特定多数の来街者等へ情報発信を行う仕組みづくりを行う。 |
避難・退避誘導支援 | 地域内の連携による発災後の建物内待機の是非の考え方と、建物内からの避難を余儀なくされた場合の避難経路や収容場所に関する仕組みを構築する。 |
医療連携 | 地域内で発生した負傷者への対応及び地域の連携による医療資源の最適な活用方法に関する仕組みづくりを行う。 |
事業継続可能な環境の確保 | 事業・生活の継続及び災害対応に必要な環境を確保するため、建物の使用の安全性、耐震性の向上及び建物での活動に必要なインフラの整備等に関する仕組みづくりを行う。 |