日本建築学会構造系論文報告集第417号、1990年11月
Long period (2.5-12 sec) seismic motions on the Kanto sedimentary basin, Japan, are simulated by a two dimensional basin shaped underground model. We treat three shallow seismic sources located near the Izu Peninsula (their epicentral distances from Tokyo are 100-150km). Simulations are carried out by the 2-D boundary element method with the Haskell-type dislocation source using known underground data and fault parameters. Comparing simulated motions with observed seismograms inside and outside of the basin, the following conclusions are obtained.本報の結果の一部は「表層地質が地震動に及ぼす影響」シンポジウム(1989)で発表している。
1) Main parts of the long period seismic motions in the basin are simulated well, with regard to their amplitudes and phases, by the 2-D basin shaped underground model. However, coda parts of the motions in the basin are not simulated.
2) The main phases in the basin are local Love waves excited in the layer of Vs=0.7km/sec, and their characteristics are mainly controlled by the underground structure rather than the source mechanism.
...............(1)ここで、ξは境界上の観測点、ζはソース点位置を表す2次元ベクトルである。また、V、Pは境界における面外方向の変位、表面力を表し、V2*、P2*は2次元場におけるグリーン関数と、その応力表示である。Cは境界の形状によって定まる係数、Γ0、Γ1は、それぞれ外部境界、内部境界(食い違い断層)を示す。[V]は断層面における食い違い変位量である。
...............(2)ここで、、は3次元場の位置ベクトル、P3*は全無限3次元場におけるグリーン関数の応力表示、[U]は3次元断層面における食い違い変位量を表すベクトルである。
...............(3)となる。
...............(4)式(4)の積分区間を離散化し、図−1における堆積盆地部との境界条件を満足させることにより堆積盆地上での波動を求めることができる。また、時間領域における結果は、高速フーリエ変換を用いて求める。
3.2 解析対象とする地震・断層モデル
1980年伊豆半島東方沖地震(M=6.7, H=10km)、1974年伊豆半島沖地震(M=6.9, H=10km)、および1930年北伊豆地震(M=7.3, H=0km)を扱う。静的断層パラメタとして、断層長さ(L)、幅(W)、走行方向(θ)、傾き(δ)、食い違い方向(λ)、地震モーメント(MO)、また動的なパラメタとして、立ち上がり時間(τ)、破壊伝播速度(Vτ)を扱う。伊豆半島東方沖地震の静的・動的断層パラメタは入倉 14)による値を用いた。また伊豆半島沖地震、北伊豆地震の静的断層パラメタに関しては、阿部 15)、Chinnery 16)による値をそれぞれ用い、明記されていない動的パラメタに関しては、τ=1.5sec、Vτ=2.5km/secと経験的な値 17)を使用した(表−1)。なお、食い違いの時間変化は傾斜関数により評価し、食い違い量、破壊伝播速度が断層全体にわたって一様なHaskellタイプの震源であると仮定した。
計算波動との比較に用いる堆積盆地内のやや長周期の観測波形として、東京、横浜における変位形記録を使用する。東京における観測記録は、東京大学内の大森式長周期地震計(伊豆半島沖地震、北伊豆地震)、大手町の気象庁一倍強震計(伊豆半島東方沖地震)によるもの、また横浜における観測波形は、横浜地方気象台の気象庁一倍強震計(伊豆半島東方沖地震、伊豆半島沖地震)によるものである。大森式長周期地震計の変位記録は、田中ら 18)により数値化されたデータをtransverse成分に変換して使用した。一倍強震計の変位記録は、ディジタイザーにより数値化し、計器補正、バンドパスフィルター(周期2.5〜12sec)処理等の後、transverse成分に変換している。また震源付近の観測記録として、SMAC-Bによる川奈(伊豆半島東方沖地震)でのディジタル加速度記録 19)を用いた。
伊豆半島東方沖地震(1980) | 伊豆半島沖地震(1974) | 北伊豆地震(1930) | |
L (km) | 15.0 | 18.0 | 24.0 |
W (km) | 7.5 | 8.0 | 12.0 |
θ (deg) | N165E | N307E | N15E |
δ (deg) | 90 | 80 | 90 |
λ (deg) | 0 | 197 | 0 |
M0 (dyne*cm) | 7.0×1025 | 5.9×1025 | 2.7×1026 |
τ (sec) | 1.0 | 1.5 | 1.5 |
Vr (km/sec) | 3.0 | 2.5 | 2.5 |
破壊開始点 | 断層面下端 中点 |
断層面下端 中点 |
断層面北側 端部 |
3.3 解析手法で適用に関する妥当性の確認
2章で示したシミュレーション手法に関して、本題で扱う関東平野・断層モデルに対する適用性を検討する。本手法では堆積層端部の点(図−1、B点)で3次元解と等しい解が得られるよう定式を行っているため、波形出力点がBから離れるにつれ、本手法による解と3次元解との差異が大きくなる。点震源を扱い、基盤層と堆積盆地層の物性を等しくした見かけの半無限地盤モデルを用いた場合、この差異は単純に3次元、2次元の幾何減衰の違いとして評価できる。すなわち震源から盆地端部までの距離、震源から波形出力点までの距離をそれぞれR1、R2とするならば、本手法による波動の振幅は3次元解の振幅を倍したものとして与えられる。ところが、断層面が広がりを持ち、さらに断層上での破壊伝播の影響が無視できない場合、本手法による解は、3次元解と比較して波動の振幅のみならず形状も変化することが考えられる。ここではそれらの影響を調べるため、3次元的な広がりを持つ断層を扱い、半無限体地盤モデル内において、本手法による解と3次元解との比較を時間領域で行う。断層パラメタとして伊豆半島東方沖地震の値を用い、2次元震源スペクトルを求める際に必要なB点の位置は、3.1に示した関東平野モデルと震源との位置関係により定める。
図−4に、堆積盆地上における本手法の解(2次元解)と3次元解との比較を示す。ただし、3次元モデルによる解は、全無限体内における結果に2を乗じたものである。図より、3次元解と比較した場合、盆地端部から離れるにつれて、振幅は倍よりやや大きくなり、初動到達時間が遅れ、初動到達から主要動(図中の矢印)到達までの部分の精度が悪くなる傾向が認められる。これは、本手法ではB点のX-Z面外波動を、すべてSH波とみなし線震源スペクトルを決定しているためである。実際には断層面の拡大に伴い、X-Z面での面外波動にもP波、SV波が含まれるようになるため、SH波のみを考慮した線震源によって、面外波動を厳密に再現することは困難となる。特に、伝播速度の異なるP波部分(初動部分)は評価できない。ただし、P波、SV波の寄与はSH波と比較して小さく、主要動の形状はほぼ再現されていることから、中規模の震源がここで扱ったような震央距離に位置する場合にも、P波初動部分が再現されないこと、主要動の振幅が3次元解と異なることなどに留意すれば、本手法が適用可能であることが示された。
3.4 シミュレーション結果
(A) 1978年伊豆半島東方沖地震のシミュレーション
初めにここで扱う断層パラメタの妥当性を確認するために、断層震源に近い(Δ=12km)川奈における計算波形と観測波形の比較を行う。計算波形は、全無限3次元場における食い違い断層震源モデルにより計算された波動に、表層地盤での重複反射による振幅率を乗じて求めたものである。計算に用いた地盤表層のモデルは、工藤 20)を参考に定めた(表−2)。図−5に計算波形と観測波形の比較を示す。計算では振幅の小さな後続波動が再現されていないが、観測波形主要動部分のパルス的な形状、振幅はよく再現されている。したがって、やや長周期帯域を対象とした断層パラメタが十分な制度を持っているものと考える。
次に、盆地内部の横浜、東京の各観測点における計算波形と観測波形との比較を行う。計算は2章で示した手法により行い、対象とする周期は2.5sec以上とした。図−6に、盆地各部における計算波形と対応する観測点で記録された波動のtransverse成分を変位表示で示す。計算波形は、盆地端部から、盆地中央部に波動が伝播するにつれて、周期8〜10sec程度の波動が分散する様をよく示している。特に、基盤と堆積層との境界面がほぼ水平となる関東平野中央部において波動はより大きな分散を示すようになることが分かり、東京付近での移送速度がLove波基本モードの理論分散曲線状にプロットされること(図−7)から、これらの波動が基本モードのLove波であることが示される。観測波形と比較した場合、横浜での主要動の前半部分(継続時間約30sec)、東京での主要動部分(継続時間約60sec)の位相は良く対応づけられ、盆地内部の観測波形の主要動成分は、三浦半島付近から関東平野にかけて存在するVs≒0.7km/sec層内部で主に成長したLove波であることが分かる。また、2次元場計算における振幅の過大評価も3.3の結果に比べ小さく抑えられており、東京における振幅の増大は3割以内に収まっている。これは、主要動が、主に盆地内部で成長した2次的な表面波によって構成されているためと考えられる。ただし、横浜における主要動後半部は位相、振幅とも観測波形との対応がつかず、東京における後続波群も計算では再現されていない。
層 | Vs (km/sec) | ρ (t/m3) | Q | 層厚 (km) |
1 | 1.5 | 2.2 | 30 | 1.0 |
2 | 2.5 | 2.3 | 50 | 3.0 |
3 | 3.0 | 2.5 | 100 | ∞ |
(B) 1974年伊豆半島沖地震のシミュレーション
横浜、東京における計算波形と観測波形との比較を図−8に示す。図より、両地点での観測波形主要動部分(継続時間はそれぞれ約30sec、約60sec)の位相は、計算波形と良く対応し、主要動部分における計算波形の最大振幅は、観測波形に比べ横浜で2割、東京で4割程度増大していることが分かる。特に横浜での振幅、位相に関する両現性は、(A)の伊豆半島沖地震の例に比べ良い。ただし、(A)同様、後続波群は再現されていない。
(C) 1930年北伊豆地震のシミュレーション
東京における計算波形と観測波形の比較を図−9に示す。本地震は他の地震に比べ震源方向がやや異なるが、同一の地盤モデルで主要動に関しては(A)、(B)と同等の再現結果が得られた。本地震に関しても、観測記録に認められる後続波動が、計算では再現されていない。
3.5 考察
シミュレーションの結果、関東平野の2次元堆積盆地状地盤モデルを用いて、盆地内における主要動の位相を、振幅に関して2〜4割以内の誤差で再現できることが分かった。なお、計算波形における振幅の増幅は 3.3 に示した結果などからほぼ予測できる値である。これら計算波形、観測波形との比較、理論分散曲線との対応などから、堆積盆地中央部で観測される主要動は、主として Vs≒0.7km/sec 層内で成長したローカルな表面波であることが示された。また、震源特性の異なる3つの地震に関して、盆地内部(特に東京)における波動の位相がほぼ同様の性状を示すことなどから、盆地内部における周期8〜19secの主要動は、基本的に震源特性より、むしろ堆積盆地の不整形状による伝播特性や増幅特性を強く反映していることが確認できた。さらに震源方向のやや異なる地震の主要動が、同一の2次元地盤モデルでほぼ再現されたことより、やや長周期波動の主要動を対象にする場合、関東平野南西部はここで用いた盆地状地盤構造で扱うことができると考えられる。
ただし、いずれの地震のシミュレーションに関しても、主要動に続く後続波動は再現されなかった。その理由として次のような事柄が考えられる。
1) 震源から堆積盆地までの地盤構造が均一であると仮定している。
震源から関東平野に至る相模湾内の地下構造は、現在明確に決定されていないが、実際には相模湾内に堆積層が存在することが報告されている 21)。また、堆積盆地端部に近い横浜における観測記録の主要動後半部に、既にある程度分散した波群が見られ、盆地への入射波そのものに相模湾の堆積層の影響を受けた表面波が含まれている可能性が高い。したがって、後続波動を考える際、相模湾内における堆積層など不整形構造の存在を無視することはできないと考えられる。
2) 地盤構造を2次元でモデル化している。
現実の地盤構造は3次元であり、本研究で扱った2次元平面内を伝播する波動のみならず、面外から回り込む波動も存在する。単純な形状をした3次元モデルによる波動解析などからも、3次元盆地内では、2次元盆地内に比べ波動の継続時間が長くなる傾向があることが報告されている 22)。したがって、現実の複雑な3次元形状をもつ地盤では、回折波や反射波の影響はより大きくなり、盆地内部における波動の継続時間をさらに延長させるものと考えられる。
関東平野内におけるやや長周期地震動の後続波動に関してより詳細な情報を得るためには、以上の点に関しても調査、観測および解析をする必要がある。