インド西部地震被害調査報告

インド西部地震被害調査団

 


はじめに

2001年1月26日、現地時間午前8時46分に、インドのGujarat州の西部、Kachchh(Kutch)地方において、マグニチュード7.7(米国地質調査所1)によるモーメントマグニチュード、インド気象局によるローカルマグニチュードは6.9)の大地震が発生し、Kachchh地方やAhmedabad市などを中心に甚大な被害が発生した(図1、2)。インド政府による発表2)(3月20日)では、死者2万名、負傷者16万6千名(うち重傷者2万717名)、全壊家屋37万戸、半壊家屋92万戸、被災総額2126億ルピー(約6千億円)という大災害となっている。本地震の名称は、発震日がRepublic Day(インド共和国の建国記念日)であったことからインドでは2001/1/26 Republic Day地震と呼ばれることがあり、一方、Gujarat州、Kutch地方、あるいは特に大きな被害が注目されたBhuj市などの地名からGujarat地震、Kutch地震、Bhuj地震などとも呼ばれている。

日本建築学会では、地震直後より災害委員会(委員長:柴田明徳・東北文化学園大学教授)で調査団派遣を検討し、その結果、被害調査を実施するために結成された文部科学省突発災害調査団3)、及び土木学会調査団と連携して、建築関連の被害調査を実施することを決定した4)調査団は13名(団長:山口大学・村上ひとみ、建築学会から日本大学:パリーク・サンジェイ、土木学会から東京大学:目黒公郎、上半文昭、プラディープ・クマルの3名、また、カウンターパートであるRoorkee大学からD.K. PaulR.N. DubeyA. Kumarの3名を含む)であり、3月4日〜13日の10日間、調査を実施した。

図1:Gujarat州と震源位置(USGSによる1)

 

調査概要

調査では図1、図2に示すように、まず3月5日(及び10日)に震源から約250 kmも離れているにも関わらず大きな被害を生じたAhmedabad市で建物被害調査や建物・地盤の微動観測を行い、同時にGujarat州の州都Gandhinagarでの政府対応などの情報収集を行った。その後、3月6〜9日に震源地であるKachchh地方を中心とした被害調査を実施した。主な調査内容は、Bhuj市や大被害を受けたその周辺の市・村における各種構造物の被害調査、MSK震度調査、アンケート震度調査、Gandhidham市における建物・地盤の微動観測及び全戸調査(約160棟)、建築材料の収集、などである。その後、11日に首都Delhiの政府機関、及びRoorkee大学・地震工学部を訪問し、12日にデリーを発ち13日に帰国した。

 

図2: Kachchh地方、及び主要な都市と調査ルート

 

地震・地盤・地震動

Kachchh地方はインドでも最も地震活動が活発な地域の一つである。特に北上するインドプレートがユーラシアプレートに衝突することにより、南北圧縮による逆断層が発達している。1819年にはAllah Bund断層に沿って西インド最大のGreat Rann of Kutchh Earthquake(Mw=7.8)が発生した。今回の地震はAllah Bund断層の南側に平行するKachchh Mainland断層の東端部近くで発生したが、規模の大きな地震にもかかわらず現在まで地表断層は確認されていない。図3に示すように地震活動及び歴史地震をもとにインド政府によりにSesmic Zonation Mapが作成されており、Kachchh地方は最も危険度の高いZone 5に分類されている2)。ちなみにAhmedabad市はZone 3である。
 Kachchh地方の地質5) は、Bhuj、Anjar、Bhachau市などがある台地は白亜紀やジュラ紀の砂岩や頁岩、玄武岩(Decan Trap)などで構成され、その周辺をRannと呼ばれる無人の低湿地帯やKachchh湾に沿った沖積低地が分布している。一方、Ahmedabad市は中央を南北に流れるSabarmati川の流域に発達し、厚い沖積層の存在が指摘されている6)。残念ながらこれらの地域では表層地盤のデータは整理されておらず、耐震規定における地盤種別の分類は行われていない。

 

図3:インドにおけるSeismic Zoning Map 2),7)

 

インドにおける強震観測はRoorkee大学やインド気象局で行われている。但し観測点は近年に被害地震のあったヒマラヤ地方が中心であり、今回の地震では震源地に最も近い観測点はRoorkee大学によるAhmedabad市のみであった。加速度強震計(Jewell社、16 bitのForce Balance Accelerometers)は市内のPassport Office Buildingの裏にある9階建RC造アパート内に設置されており、最大加速度は地階で約100 gal、最上階で約 300 gal程度である7)。一方、Roorkee大学によりKachchh地方ではStructural Response Recorderと呼ばれる簡易な応答スペクトル計測計が10数台展開されていた。しかしながら設置した建物の倒壊等により、現在まで回収された記録は残念ながら報告されていない。

今回の調査では、震源地における地震動強さを把握するため、MSK震度調査とアンケート震度調査の2種の震度調査を実施した。MSK震度は、Euro Macroseismic Scale 1998 8)に習い、建物をvulnerabilityにより3種の組積造、およびRC、S、木造と分類し、訪問した市や村で各種別建物の平均被災度(Grade 1から5)を記録し、これらのデータから震度を判定する。またアンケート震度は、MSK震度階に基づき作成された英文調査票をヒンディ語、グジャラーティ語に訳して用意し、訪問した市や村で無作為に配布して実施した。現在、データを解析中であり、結果は近々報告書やホームページ等3) で公表する予定である。

 

建物の被害概要

インドでは耐震規定があるものの強制でないため、新しい公共建築物を除いて殆ど考慮されることはない。長周期地震動が卓越したと考えられるAhmedabad市では、ピロティ形式の中低層(約60棟)及び高層RC造(3棟)に被害が集中し、約750名の方が亡くなっている。一方、震源地であるKachchh地方では、RC造被害に加え、KuchchaやPuccaと呼ばれる脆弱な伝統的な組積造家屋に被害が集中し、1万8千名以上の死亡者が出ている。特に震源地に近いBhachau市とその周辺地域(Taluka)で最も被災度が高く、ここだけで全死者数の3分の1以上に相当する約7千4百名の方が亡くなっている2),9)

 

写真1(左):Mansi Complex(写真に見える高層アパートと同タイプの高層棟が手前にあったが、完全に崩壊した)

写真2(右):倒壊した高層アパートの1階柱

 

写真3:残った高層棟のピロティ部(扁平な柱断面と、FSIにより片持ち梁で2階以上の部分がせり出していることに注目)

 

鉄筋コンクリート造建物の被害

RCはフレーム構造で、一般に壁が無補強のレンガやコンクリートブロックなどの組積造で構成されている。まずAhmedabad市の高層RCアパートを例に被害を概観する。写真1は、地上ピロティ階+10階建のアパートであり(Mansi Complex)、写真に見える高層アパートの手前側にある同タイプのアパートが完全崩壊した。写真2のように柱は扁平な断面である(約28×80 cm2)。写真3は残った高層アパートのピロティ階であるが、中央のエレベータコアから高層ウィングが四方に広がっているため、各ウィングが偏心している。またAhmedabad市にはFloor Surface Index(FSI)と呼ばれる基準階の床面積制限があるが、2階以上には適用されない10)。このため写真3にように片持ち梁で2階以上部分を外側にせり出し、トップへヴィな構造となっている(このアパートの屋上ペントハウスにはさらに重い水槽が載っていたと言われている)。1階柱に比べ梁が強いため、柱頭部分の破壊が目立った。加えて不十分な配筋などが重なり(写真2)、ピロティ階の崩壊から全層崩壊を引き起こしたものと考えられている。ちなみに新聞によると、このアパートでは33名が死亡し、担当した建設業者が逮捕されている9)

 

写真4(左):5階RC造・ピロティの崩壊(手前の棟のピロティのみ生き残り、左と奥の棟のピロティが崩壊。Bhujにて)

写真5(右):6階RC造・ピロティの崩壊(Bhujにて)

 

写真6(左):4階RC造の遠景(Bhujにて)

写真7(右):同RC造の1階柱(コンクリートが茶色に変色しており、主筋が錆びている。帯筋が見当たらない)

 

激震地であるBhuj市でも、RC造では1階のピロティ階の被害が目立った(写真4、5)。ピロティでないRC造の被害は一般に小さかったが、大きな被害を受けているRC造では、材料や配筋の不良(写真6、7)、短柱の破壊(写真8)、柱頭の強度不足及び配筋不良(写真9、10)、などによる被害が目立った。

 

写真8:写真6と同じ建物の1階にある短柱の破壊

 

写真9(左):5階RC造(壁が崩れ落ちている。Bhujにて)

写真10(右):同建物の1階柱頭の破壊(30 cm以上ある帯筋間隔と90度フックに注目)

 

組積造建物の被害

 今回の地震で圧倒的に被害が多かった建物は、Bhuj市やAnjar市などで城壁に囲まれた旧市街地や周辺の村に多い伝統的な組積造であった(写真11)。壁は不整形な自然石を粘土モルタルで積み上げており、屋根が木造で水平面の拘束力がないため、地震に極めて脆弱な建物である(写真12)。一方、整形した石やコンクリートブロックをセメントモルタルで積み上げ、さらに床や屋根がRC造の家屋は、無補強ながらはるかに強い抵抗力を示していた(写真13)。また旧市街地では、一階部分が伝統的な古い組積造で、2階以上がコンクリートブロックなどで新たに増築した家屋も多い。この場合、弱い一階部分が崩壊したケースが目立った(写真14)。一方、同じ古い組積造でも、宮殿や城壁などの歴史的建造物は整形した石を強度ある石灰モルタルで固められており、通常の家屋に比べて被害は比較的軽微であった(写真15)。

写真11:写真6の建物の屋上から見た光景(三角屋根の伝統的な組積造家屋が大被害を受けているのに対し、RC屋根の新しい組積造は比較的被害が小さい。Bhujにて)

 

写真12(左):伝統的な組積造家屋(壁は自然石を粘土モルタルで固めただけで、屋根は木造である。Bhujにて)

写真13(右):RCの床と屋根を持つ組積造家屋(RCによる水平面の拘束により抵抗力はずっと強い。Bhujにて)

 

写真14(左):伝統的な組積造の1階部分が崩壊した家屋(増築した2階組積造の損傷は小さい。Bhujにて)

写真15(右):歴史的建築物(Prag Mahal:整形した石を強固な石灰モルタルで固めている。塔の頂部にクラックが見られるが、一般家屋よりはるかに軽微な被害である。Bhujにて)

 

その他の調査

Gandhidhamは 1950年代に造られた新しい街で、各種のRC造が存在する。また被害の大きな街区と小さな街区とが明瞭に分かれていた。このため建物と地盤の常時微動観測を行うとともに、トルコ・コジャエリ地震の被害調査団と同様な方法11)で被災した街区を中心に約160棟の全数調査を行った。また材料実験を行うため、各種の建築材料も入手した。同様にAhmedabad市では、市の南側に被害が集中していたため、各地で建物と地盤の常時微動観測を実施している。現在、得られたデータを整理・解析中であり、近々これらの成果は報告書やホームページ等4) で公表する予定である。

 

おわりに

 今回の地震はマグニチュード8に近い大地震であり、実際、震源地であるKachchh地方では最も高い地震危険度が想定されていた。しかしながら耐震規定が実施されず、特に地震に殆ど抵抗力のない伝統的な組積造(Kuchcha、Pucca)が軒並み倒壊し、人的被害をさらに大きくした。今後、Gujarat州を皮切りに耐震規定の強制導入を検討中と聞いている。今回の貴重な教訓から地震に強い建物が出来ることを切に願うばかりである。一方、Roorkee大学でお会いしたインドにおける耐震工学の権威であるArya名誉教授は、貴重な文化遺産を守る免震技術や、リアルタイムなリスクマネージメントシステムを日本からの技術導入として検討してほしいと依頼された。これを契機に余り密と言えなかったインドとの交流が深まれば幸いである。

最後に、調査に際し災害委員会担当幹事である京都大学・中島正愛氏を始め、東京大学・平田直氏、理化学研究所地震防災フロンティアセンター・新井洋氏、応用地質・篠原秀明氏ら多くの方々にご協力を頂きました。一方、本調査は先行した秋田県立大学のKarkee Madan氏と板垣直行氏、同時期に調査を行っていた京都大学・河野 進氏らと情報交換を行いながら実施しました。また被災地の方々には、多大な被害を受けたにもかかわらず快く調査に応じて頂きました。心からお悔みを申し上げるとともに、記して感謝致します。

(●久田嘉章/工学院大学建築学科)

 

参考文献・資料

1) USGS, http://neic.usgs.gov/neis/eqhaz/010126.html

2) Government of India, http://www.ndmindia.nic.in/eq2001/eq2001.html

3) 日本地震学会ニュースレター、Vol.12, No.6

4) 日本建築学会災害委員会, http://kouzou.cc.kogakuin.ac.jp/Saigai/

5) Geological Survey of India, Geological and Mineral Atlas of India, 1980

6) EERI, http://www.eeri.org/Reconn/bhuj_India/Gujaratinsertc.PDF

7) Roorkee University, http://vision.rurk.iu.ernet.in/depts/earthquake/bhuj/

8) European Macroseismic Scale 1998 (Editor G. Grunthal), 1998

9) rediff.com, http://www.rediff.com/news/quaktoll.htm

10) A.Goyal他、http://www.civil.iitb.ernet.in/BhujEarthquake/Report1.htm

11) 日本建築学会 1999年トルココジャエリ地震被害調査速報会資料、1999