工学院大学総合研究所年報第3号(1996年度)

工学院大学新宿校舎の地震防災に関する研究(最終報告)
建築学科 久田嘉章、近藤龍也、広澤雅也
A Study on Earthquake Hazard Mitigation for the Shinjuku Building of Kogakuin University (Final Report)
Yoshiaki Hisada, Tatsuya Kondo, and Masaya Hirosawa
Department of Architecture

ABSTRACT: Two studies are carried out in this project. First, in order to obtain dynamic characteristics of the Shinjuku building of Kogakuin University during earthquakes, natural periods and damping factors of the building are estimated using both micro-tremor measurements and seismic motion records. Consequently, the damping factors for the fundamental modes are less than 1%, and the natural periods are about 80 to 90% of those structurally calculated. The non-linearity for the natural periods are also found; longer periods are obtained with increasing seismic response. Second, a real-time seismic information system using Internet has been developing, where seismic response data will be quickly distributed just after earthquake.

Key Words: high-rise building, natural periods, damping factors, non-linear, real-time seismic information system


1. はじめに
 中間報告である前報1)では、まずはじめに工学院大学新宿校舎の地震防災上考慮すべき地震として、海洋型地震(1923年関東地震タイプ)と直下型地震(1856年安政江戸地震タイプ)であることを指摘した。すなわち1994年ノースリッジ地震や1995年兵庫県南部地震などの直下型地震の強震動記録に見られたように、震源近くでは周期1秒以上の長周期パルス波が観測され、それは震源のアスペリティー部分の破壊伝播効果によって生じる1)。パルス波の卓越周期は震源時間関数の特性に加え、アスペリティーサイズなどに依存し、地震規模が大きくなると一般に卓越周期も長くなると考えられている。従って、超高層建築でも考慮すべき地震動の一つである。一方、関東地震タイプの海洋型地震では、関東平野内でやや長周期の堆積層表面波が発生し、東京での地震動の継続時間を著しく長くする。従って減衰の小さな超高層建築では要注意の地震動特性を有する。さらに中間報告では、工学院大学新宿校舎を弾性線形でモデル化し、神戸での強震記録を用いて地震応答解析を行い、周期1秒で卓越した神戸タイプの強震動は、本校舎の卓越周期(約3秒)とはずれていたため、設計用入力地震動として用いられているEl Centro地震記録に比べ2〜3割程度増の応答量であることを報告した。
 本最終報告では、工学院大学新宿校舎の実際の地震動応答特性を調べるため、まず微動観測及び強震観測記録を用いた本校舎の地震応答特性に関する研究を行った。さらに強震観測システムを用いた準リアルタイム地震情報システムに関する研究、及び今後の展望について述べる。

2. 工学院大学新宿校舎の振動及び地震応答特性
2.1 工学院大学新宿校舎の構造特性及び強震強風観測システムについて
 本校舎及び隣接するSTECオフィスビルでは竣工時以来、強震強風観測を行っており、多くのデータが蓄積されてきている。図1に示すように地下100mの地中観測記録から、地下6階、1階、8階、16階、22階、29階の各階の地震計が設置されており、特に短辺方向に相当するNS方向には東西両コア内に水平成分の地震計があり、ねじり応答まで観測可能となっている。なお本校舎は左右のコアがほぼ対象に配置されている。従って、本校舎の構造計算書による構造計算にはねじれは無しとして、NS成分(短辺方向)の1次、2次モードの固有周期は3.309、1.084秒、EW成分(長辺方向)の1次、2次モードの固有周期は3.143、1.079秒、減衰定数は2%としている。

2.2 常時微動観測及び人力加振による工学院大学新宿校舎の振動特性について
 本校舎の屋上にて微動観測及び人力加振を行い、本校舎の固有周期及び減衰定数を測定した。測定器は東京測振の速度型微動計VSE-15を6個用い、図2に示すような配置で、10HZサンプリング・200秒間観測を行った。図3に各チャンネルの速度波形記録及びそのフーリエ振幅スペクトルを示す。フーリエ振幅スペクトルよりNS成分の1次、2次モードの固有周期はそれぞれ2.73、0.829秒、EW成分は2.56、0.872秒、である。これは構造計算に比べ2〜3割ほど小さいが、良く知られているように、微小振動には非構造部材の剛性が効いているためと考えられる。
 一方、図3のフーリエ振幅スペクトルの初めの2チャンネル(東西両端のNS方向)に1.85秒に卓越周期が見られる。この振動特性を同定するため、図4に示すようにこの2チャンネルの波形に1.85秒を中心とした狭帯域のフィルターをかけた。図から二つのチャンネルは逆の位相で振動しており、ねじれの1次モードであることが分かる。ねじれ振動は他の常時微動結果にも観測されており、主に風で揺れている常時微動時の本校舎では、ねじれモードが励起されることが確認された。
 次にNS、EW、ねじれのそれぞれ各成分の1次モードの周期で人力加振を行い、減衰定数を求めた。人力加振は屋上階にて約10名の二グループが半周期間隔で交互に両端の壁を押し合うことによって行った。図5(a)にNS成分の一次モードである約2.7秒で120秒までNS方向に強制振動させたときのNS成分、同図(b)にはEW成分の一次モードである約2.6秒で100秒までEW方向に強制振動させたときのEW成分を示す。それぞれの図から強制振動の終了後、応答の減衰が確認できる。減衰を始めた後の8サイクル波の振幅比の平均から減衰を求めると、 NS、EW成分の一次モードの減衰定数はそれぞれ0.78%と0.84%であった。因みに構造計算書では一次モードで2%の剛性比例型の減衰を設定している。
 同様に図6(a)にはねじれ成分の一次モードである約1.8秒で80秒までねじれ方向に強制振動させたときの両端のNS成分を示す。この場合、入力が弱く、ねじれモードが他のモードに紛れるため、加力終了後にも明確な減衰特性が見られない。よって1.8秒を中心とした狭帯域フィルターをかけ、その波形を図6(b)に示す。加力終了後の8サイクル波の振幅比の平均から減衰を求めると約0.72%であった。
 以上のことから、常時微動時における本校舎のNS、EW、ねじれのそれぞれ各成分の一次モードの減衰定数は1%以下であることを確認した。。

2.3 地震時における新宿校舎の振動特性について
 地震時における新宿校舎の振動特性を調べる。始めに、ほぼ全チャンネルで良好な記録が観測された1996年2月17日福島県沖地震(M6.6、深さ51 km)を例を紹介する。図7にNS1(東側)の地下100mから屋上階までの加速度、速度、変位成分及び速度のフーリエ振幅スペクトルを、同様に図8には対応するEW成分を示す。16階EW成分は電気的なノイズが紛れ込んでいるため、波形とスペクトルが乱れている。図より屋上階に向かうほど周期の長い成分が発達し、継続時間も250秒以上に及んでいることが分かる。スペクトルから、NS成分の1、2、3次の固有周期はそれぞれ2.84、0.89、0.45秒、 EW成分は2.66、0.90、0.47秒である。頂部での加速度、速度、変位の最大値は10 gal 、9 kine 、0.8 cm弱であり、あまり大きな地震応答ではないが、固有周期は、先に示した常時微動による値よりも長周期である。しかし構造計算書による値よりもまだかなり小さく、その約8〜9割程度である(表1参照)。ちなみにNS1(東側)とNS2(西側)成分は波形の振幅、位相とも重なり、全くねじれ振動を示していないことを確認している。
 表1には、これまでに観測された地震観測記録および常時微動観測による屋上階の最大応答値、固有周期の一覧を示す。地震観測記録でも最大変位は2cm以下であり、固有周期も構造計算値に比べて8〜9割程度である。NS成分はNS1、NS2の双方の応答値を示しているが、両者の比はほぼ1であり、常時微動時と異なり、地震時にはねじれ振動を生じていないことが分かる。
 図9には、表1を元に、各地震による屋上の最大応答変位と1、2次の固有周期との関係を示す。図より変位の増大とともに固有周期が伸びており、非線形が顕著に現れている。従って強地震時の建物のモデル化には非線形特性を考慮する必要がある。

3. 工学院大学新宿校舎の準リアルタイム地震情報システムの開発
 始めに、既往の本校舎の地震観測システムを説明する。図1に示された強震データはまず24階の強震強風観測室の収録装置に集まる。データの振幅がある一定値を越え、トリガーがかかるとデジタルに変換されたデータがMT(マグネティック・テープ)に保存される。すなわち現システムではMTが巻ききったところで取り出し、専用のテープ読み取り装置にかけ、PCのハードディスクに落とし、アスキーに変換されて、初めてデータは使用可能になる。このようなシステムの場合、記録の信頼性は高いが即時性に欠け、大地震時に本校舎に何が起こったか知るにはかなり後のことになる。
 そこで中間報告でも説明したように、現在、本校舎の強震観測システムを用いた準リアルタイム地震情報システムを開発中である。図10に現在までのシステムを示す。本校舎の様々な場所で常時記録されている加速度アナログデータは、まず24階の収集装置に集まり、そこで±5Vの振幅に増幅される。このアナログデータはPC用のA/D変換ボードによってデジタルデータに変換され、PC(PC-9801、Windows95)のRAMに蓄えられる。このデータの振幅値がPC側で設定したトリガーレベルを越えると、設定したプレトリガー部分の記録とともにPC内のハードディスクか、または指定によりイーサネットを通して繋がっているワークステーション(Hi-UX, Hitachi)のハードディスクにバイナリーデータとして電送される。PCとワークステーションはsambaというファイルシステムソフトによって結ばれており、PC側からワークステーションのディレクトリが外部ドライブのディレクトリーの一つとして認識されている。ワークステーション側ではシェルによって常時ファイルがモニターされており、新しいファイルが来るとその旨をまず関係者にメールで知らせる。次いでJavaプログラムが起動し、データをアスキーに変換し、データを波形グラフとしてホームページに張り付ける。ワークステーションにはWebサーバーであるApacheが動いており、このホームページはインターネットを通じてどこからでもアクセスして、記録を見ることができる。図11にはWebブラウザーであるInternet Explorerによって見たワークステーションの波形データの一例である。
 但し、解決すべき問題が幾つか残されている。初めの問題は、収録装置からのアナログデータにしばしば電気的ノイズが紛れ込み、誤ったトリガーがかる場合が多々あることと、さらに特定のチャンネルに常時ノイズが載っており、そのチャンネルのデータの精度が悪いこと、である。この対策には電気ノイズの成因を調べ、除去する必要がある。次の問題は、PC側のソフトがまだ不安定で、ノイズなどで多くのデータを連続収録した場合、途中でプログラムが停止してしまうこと、である。さらにワークステーションに送られるデータも膨大であり、これを一度にアスキー変換かつグラフ化すると、かなり処理速度が遅くなることも問題である。これらに対しては、オリジナルデータはPC側のハードディスクに保存し、時間刻みを荒くしたデータをワークステーションに電送する、などの処置が必要になる。

4. まとめ
 工学院大学新宿校舎の地震防災に関する基礎的研究として、本研究では初めに常時微動及び地震時の新宿校舎の地震応答特性を調べた。その結果、常時微動や現在まで観測されている中程度の地震動入力では、構造計算値に比べ固有周期が8〜9割程度であること、入力が大きくなるにつれて各モードの固有周期が伸びる非線形性を示すこと、NS、EW、ねじれ各1次モードの減衰定数は1%以下と小さいこと、などが明らかになった。このことは、今後強震時の地震応答、特に海洋型地震によるやや長周期の表面波が励起された場合の要注意事項である。今後は、これらの諸特性を考慮した非線形地震応答解析を予定している。
 一方、常時観測している強震観測記録及びインターネットを用いて、リアルタイム地震情報システムを開発している。現在まだ試験運用中であるが、PCを経由し、ワークステーションに取り込まれた新宿校舎の強震観測データは、即時に関係者にメールで知らせるようになっている。さらに現在は、波形データをホームページに取り込ませ、どこからでも波形を見ることができるシステムを開発中である。

謝辞
 本研究では、常時微動観測には本学の宮澤研究室、及び建築学科構造系の卒論・セミナー生の協力を頂きました。またリアルタイム強震観測システム開発に関しては、早稲田大学理工学研究所の山本俊六博士、及び本学の菊池毅君と古賀毅君の協力を頂きました。なお新宿校舎の強震強風観測システムはSTEC強震強風観測委員会(代表:広澤雅也)によって運営・管理されています。

参考文献
  1. 久田嘉章、近藤龍也、広澤雅也、工学院大学新宿校舎の地震防災に関する基礎的研究(中間報告)、工学院大学総合研究所年報、第2号, pp.99-112、1996年9月