1994年ノースリッジ地震災害調査報告 日本建築学会、62-67

2.5 ロサンゼルス盆地における強震動予測の現状
 本節では,当地での強震動予測の現状を概観するため,まず初めにSouthern California Earthquake Center (SCEC)の活動を紹介する.次いで,近年のコンピュータ技術の発展に伴い,急速に発展しつつある強震動数値シミュレーションの現状について紹介する.


2.5.1 Southern California Earthquake Center (SCEC) の活動
(1) 組織 [1]
 SCEC は,USC (University of Southern California) の安芸敬一教授 (Science Director)とTom Henyey教授 (Executive Director) を中心に,NSF (National Science Foundation) 及びUSGS (U.S. Geological Survey) を主な基金元として1991年2月1日より5年計画でスタートした.その間に,1992年Landers地震,1994年Northridge地震を経験し,それまでの活動が認められ,さらに1994年から5年間の延長が認められている.七つの大学研究機関: USC, Caltech (California Institute of Technology), UCLA (University of California, Los Angeles), UC Santa Barbara, UC San Diego, UC Santa Cruz, Columbia University,及び,関連する州政府機関: USGS, CDMG (Califonia Division of Mines and Geology), California Office of Emergency Services, FEMA (Federal Emaergency Management Agency), Caltran (California Department of Transportation), City of Los Angeles, County of Los Angeles 等から,五十人以上のPI(Principal Investigator)が参加している.SCECの概要は,World Wide Webを通じMosaic, Netscapeなどでオンラインで見ることもできる(http://www.usc.edu/dept/earth/quake/index.html

(2) 活動の概要 [1]
 SECEの目的は,南カルフォルニアに関する地震学,地質学,測地学,地震工学など各分野の研究成果を統合し,この地域での地震被害を低減するため地震危険度解析モデル"Master Model"を構築することである.そのため,分野の異なる8つのDisciplinary グループがセンターの研究活動の核となり,以下の6つのタスクの達成を目標にしている.
Task 1: Construct maps of probabilistic seismic hazard of southern California
Task 2: Develop plausible earthquake scenarios emphasizing the Los Angeles Basin
Task 3: Study fundamental relations among fault structures dynamics and earthquake recurrence process
Task 4: Develop and test intermediate-term earthquake prediction methodology
Task 5: Support the development of real-time earthquake information
Task 6: Response to future earthquakes
各Disciplinary グループの活動内容は下に記される.この他の活動として,内外研究者のSCECへの"Visitor"及び"Visiting Post-Doctoral Fellow"プログラム,様々なメディアを通じた一般市民への公報活動などが行なわれている.

(3) 各グループの活動(括弧内は1995年1月現在のグループリーダー)[1]
a). Group A: Master Model Construction and Seismic Hazard Analysis (Keiiti Aki、USC)
他グループの成果を統合し,地震危険度解析のための"Master Model" を構築することを目的とする.1994年には第一世代の"Master Model" が提案されている[2].これによると,まず図 2.5.1 に示すように,活断層分布などから南カルフォルニアを65のサイスミックゾーンに分割し,各ゾーンをAからCの三タイプに分類する.断層が地表に現われていて,その過去の地震活動がトレンチ調査など地質学的方法で詳細に調べられているゾーンはAタイプに分類され,逆に,活断層が地質学的方法で余り調べられていないゾーンはCタイプに,Bタイプはその中間に分類される.次に,活断層データ,地震カタログから導かれる"Gutenberug-Richter 式",GPS (Grobal Positioning System) から計算されるる歪み分布等を用い,各ゾーンごとに地震の最大規模や年間発生確率が判定される.さらに,"経験的距離減衰式"と組み合わせ,周波数領域での確率的地震危険度マップが得られている.一方,1992 年ランダース地震では,少なくとも三つの断層が連続して破壊したが,これは各ゾーンの断層が連なって破壊し,非常に大きな地震に成長する可能性を示し,地震の最大規模及びその時期を予想するのに,"Cascade Model"として取り入れられている.
b). Group B: Strong Ground Motion Prediction (Steve Day、San Diego State Univ.)
 震源に関する"Master Model"は,南カルフォルニアの波動伝播特性 (Path Effect) と各地域の地盤増幅特性 (Site Effect) と組み合わされ,このグループにより強震動予測が行なわれる(Group Hの活動も参照).短周期地震動では周波数領域による解析が,一方,やや長周期地震動 (Long-Period Gound Strong Motion)では時刻歴波形による解析が,主として行なわれている.その際,短周期では,地盤非線形による弱震動と強震動の地盤増幅率の違いを理論的に解明すること,やや長周期ではロサンゼルス盆地の持つ三次元地盤構造の解明,及び効率的な数値シミュレーション手法を開発すること,が大きなテーマになっている.
c). Group C: Fault Zone Geology (Kerry Sieh、Caltech)
 サンアンドレアス断層は北から南に下るにつれて,ロサンゼルス盆地の北西で東側に曲がり,再び南下している(the Big Bend,図2.5.1を参照).このため,太平洋プレートの北上はこの屈曲部分で妨げられ,ロサンゼルス盆地は南北に圧縮力を受ける.そして,これが1971年サンフェルナンド地震や1994年ノースリッジ地震などを発生させたと考えられている.1994年ノースリッジ地震や1995年兵庫県南部地震で示されたように,ロサンゼルスでの都市直下型地震は,従来考えられていた南サンアンドレアス断層上のM8クラスの巨大地震(the Big One)より,はるかに大きな破壊力,影響力を持つと考えられている.従ってこのグループの主な目的は,ロサンゼルス盆地の堆積層の下に隠れている活断層 (Blind Thrust Faults)の構造とその活動を明らかにし,想定震源を同定することである.特に重要なのは,ロサンゼルス盆地下の断層群は,1994年ノースリッジ地震のように個々の断層が中規模地震として単発的に破壊するのか,それとも1992年ランダース地震のように幾つもの断層が同時に破壊し,M7 - 8クラスの地震に成長する可能性があるか,である.このために石油掘削による地質構造データの解析,断層のトレンチ調査などが行なわれ,同時にランダース地震の断層活動の詳細な解析も行なわれている.
d). Group D: Subsurface Imaging of Seismic Zones (Robert Clayton、Caltech)  このグループの目的は,浅い地殻及び厚い堆積層の速度構造を明らかにし,Blind Thrust Faultsを探ると同時に,波動伝播、地盤増幅特性の解析モデルを提供することである.そのために,"tomographic inversion"による解析や、反射屈折法による野外実験,石油掘削による地質構造データの解析などが行なわれている.一方,断層面の破砕帯(Gauge Zone,幅 200 mほどと考えられている)を伝わる地震波を解析し,断層面の構造を明らかにする試みも行なわれている.
e). Group E: Crustal Deformation (Duncan Agnew、UC San Diego)
 このグループは,プレート運動による地殻の変形運動を解析し,"Master Model"に物理的なデータを提供することを主な目的とする.このため,GPS(Grobal Positioning System)や三角測量,歪み計観測によるデータが集積され,南カルフォルニアの年間移動速度分布,各サイスミックゾーンでの歪み累積状態,既知の活断層のすべり率(Slip Rate),一つの地震が他の断層に与える影響,などが調べられている.得られたデータは,データセンターに保管され,公開されている("(3) 成果"を参照).また歪みの短期間での急激な変化を計測するため,リアルタイムにおけるデータ転送も試みられている.
f). Group F: Regional Seismicity (Egill Hauksson、 Caltech)
 このグループでは,南カルフォルニアに特徴的な地震活動,発震機構,地盤震動などを,主に観測から調べている.得られたデータは,データセンターに保管され,公開されている("成果"を参照).また,地震発生直後に正確な地震情報を社会に提供するため,TERRAscope(CaltechとUSGSによる南カルフォルニアのローカル地震観測網)やIRIS WorldーWide 観測網のデータを用いたリアルタイム地震学の開発も行なわれている(2.7を参照).一方,1992年ランダース地震や1994年ノースリッジ地震の際には,速やかに各機関共同による集中的な余震観測が行なわれ,余震の分布及びその発震機構の解析,tomographic inversionによるローカルな地盤構造の探査,Trapped Wave 観測による断層面の解析,ローカルな地形地質による地盤震動への影響など,幅広い活動が行なわれた. g). Group G: Earthquake Physics (Leon Knopoff、 UCLA)
 このグループでは,震源の物理に関する基礎的な研究が行なわれている.具体的には,断層分布とその地震周期パターンの関係,1992年ランダース地震に見られた断層群の動的破壊過程の解析などである.
h). Group H: Engineering Applications (Geoffrey Martin、USC) [3]
 このグループでは,"震源Master Model"の工学的応用が試みられている.距離減衰式,地震応答スペクトル,継続時間の経験式の開発,コーダ波を用いた地盤増幅係数の計算と地盤非線形の影響の解析,GISによる表層地盤の物理定数のデータベース化(2.6を参照),液状化の危険度解析などが行なわれている.

(3)成果
SCECの最も大きな利点は,これまで個別に活動していた幅広い分野の専門家が,共通の目的に向かって議論,情報交換,共同研究する機会が与えられたことである.この結果,Workshop等を通じ,他分野の情報へのアクセスが容易になり,各方面からの結果の共通点,食い違い点が明快になり,また,各人の持つ技術や成果の交流,他分野への転用などが容易になされるようになっている.現在(1995年2月)まで直接の成果として,第一世代の"Master Model"や,オンラインによるデータセンターがあげられる.
a). 第一世代"Master Model" [2]
 第一世代"Master Model" は色々な影響を与えている(Group Aを参照).例えば,このモデルによると南カルフォルニア全域のM7以上の地震の発生確率は,1850 年以降の歴史地震から得られる確率を少なくても二倍以上は上回ることが明らかにされた.この違いは,次の大地震("the Big One")により解消されるのか,それとも地震以外の諸現象(クリープなど)ですでに解消されているのか大きな問題となっている.一方,そこから得られる地震危険度マップは,Caltranで行なわれている"Retrofitting Program"(新耐震規定以前につくられた高速道路や橋の補強プログラム)に参照される予定である.
b). オンラインデータセンター
 SCEC Data Center;Caltech(PI: R. Clayton)にあり,インターネットにより一般に公開されている.1) SCSN (Southern California Seismic Network) による短周期地震計のデータ,2) 地震カタログ,3) ローカル及び遠地のTERRAscopeデータ(1990年より),4) GPS データ,が入手可能である.詳細は,e-mail(Katrin@scec.gps.caltech.edu)するか,Web(http://scec.gps.caltech.edu)を参照されたい.
 Southern California Strong-Motion Database;UC Santa Barbara(PI: R. J. Archuleta)にあり,強震動データが集められている.やはりインターネットにより一般公開されている.使用法など詳細は,e-mail(alla@quake.crustal.ucsb.edu)するか,Web(http://quake.crustal.ucsb.edu/smdb.html)を参照されたい.

2.5.2 強震動数値シミュレーションの現状
 近年のパラレルコンピュータ技術("(3) 補足"を参照)の急速な発展により,広大かつ複雑な三次元波動場のシミュレーションが可能になり,工学的応用も試み始められている.ここでは,ロサンゼルス盆地を主な対象とした,強震動数値シミュレーションの現状について紹介する.

(1) ロサンゼルス盆地の強震動数値シミュレーション
 決定論的地震動シミュレーションは,やや長周期地震動(Long-Period Strong Ground Motion:周期約数秒から十数秒)が主な対象となる(詳細は文献[4]などを参照されたい).近年の最も大きな特徴は,観測と数値解析の双方から,三次元盆状構造がこの周期帯域での地震動に大きく影響することが明らかになったことである(例えば[5][6][7]).
 地震動シミュレーションを行なう際,まず問題になるのは正確な地盤情報である.ロサンゼルス盆地の三次元速度構造に関しては,現在まで"tomographic inversion"による構造と,地質構造に経験式を用い速度構造に変換した構造の二つが提案されている[8].但し,現在では,P波の大まかなモデルが提案されているに過ぎず,適用はかなり長周期に限定されると考えられる.
 手法に関しては,米国では差分法による解析が主流である.これは,定式が容易な上,メッシュが格子状(Structured Mesh)で,パラレルコンピューターに乗りやすいプログラムが組めるためである.初期は二次元モデルを用いていたが,最近では三次元モデルによる解析が主流になりつつある[9][10][11].その他,ロサンゼルス盆地を対象に表面波Gaussian Beam法[12],境界要素法[13]による解析が行なわれ,三次元盆地構造がやや長周期地震動に大きく影響することが指摘されている.但し,地盤情報が限られているため,観測波と良い一致が得られるのは,少なくとも周期約5秒以上に限られるのが現状と言える.

(2) Quake Project [14]
 最後に,特筆すべきプロジェクトとして"Quake Project"を紹介したい."Quake Project"は,HPCC(High Performance Computing and Communications)プログラム"Grand Challenge Application "の一つであり("補足"を参照),パラレルコンピューターに効率的に走る三次元有限要素法を開発し,それをロサンゼルス盆地の強震動シミュレーションに適用することが目的である.カーネギーメロン大学のDept. of Civil EngineeringとDept. of Computer Sciencesが中心となり,USCとUNAM(National University of Mexico)が参加して行なわれ,1993年11月から4年間続く予定である.
 差分法に比べて有限要素法の大きな利点の一つは,柔軟で任意なメッシュが組めることである(Unstructured Mesh).しかし,その複雑さがこれまで効率的なパラレルコンピューター用プログラムを開発する妨げになっていた.その事情を背景に,"Quake Project"では,パラレルコンピューター用の有限要素法コンパイラー"Archimedes"を完成させている[15].図2.5.2に示すように"Archimedes"は,対象物の幾何形状と物理定数が与えられると,まず"Mesh Generator"が効率的な有限要素メッシュを自動的に組む.次に"Mesh Partitioner"が演算プロセッサーの数と同じ数だけメッシュを分割し,さらに"Placement and Routing"が分割したメッシュ群の計算プログラム及びメモリーを各プロセッサーに割り当てる.一方で,"Code Generator" は有限要素コードを組み,そして最後に全プロセッサーで同時平行の計算を始める.現在は二次元解析を終え,三次元解析が始まっている.詳細はWeb(http://www.cs.cmu.edu/~quake)も参照されたい.

(3) 補足:パラレルコンピューターと"Grand Challenge Application "について
 近年,パラレルコンピューターが大型計算機の主流になっている.これは,演算マイクロチップが急激に安価になるに伴い,演算速度は早いが高価なチップを用いるより,低速だが安価なチップを大量に並べたほうが,全体として安く,かつ計算速度の早いハードウェアができるためである.但し,問題となるのはソフトウェア開発の難しさで,現状では,ユーザーがパラレルコンピューターを用いるとき,ハードウェアそのものをかなり理解しないと効率的に走るプログラムが作れないという事態になっている.そのため,NSFと国防省のARPA(Advanced Research Projects Agency)が中心となり,先端的な研究を行ない,かつ大量の計算を必要とするユーザーと,ソフトウェアさらにはハードウェアを開発するComputer Scientist との共同研究をサポートするのが,"Grand Challenge Application "の目的である.ユーザーは全米五ケ所にあるコンピューターセンターのコンピューターを大量に使用できるだけでなく,使用に際してハード及びソフトウェアの全面的サポートが得られ,一方,Computer Scientist は,自分達の開発した道具が現実にどのように使われ,またこれからどのように改良し,さらに次世代のハード,ソフトはどのようになるべきなのかが明確になる,といった双方に大きなメリットになっている.現在まで,銀河宇宙の形成過程の研究,地球環境の変化に関する解析から原子構造の研究まで,幅広い分野で活動が行なわれている.

参考文献
  1. Southern California Earthquake Center:1993 Annual Report, Dec. 1993.
  2. SCEC:Seismic Hazards in Southern California: Probable Earthquakes, 1994 - 2024, The Phase 2 Report, Jan. 1995, (Jackson et al.としてBull. Seim. Soc. Am.に印刷中).
  3. SCEC:The Characteristic of Earthquake Ground Motions for Sesmic Design, Year 2 Annual Technical Report, SCEC, Vol. 1 - 3, July 1994.
  4. 座間信作:やや長周期の地震動,地震,第46巻,pp329-342, 1993.
  5. A. Frankel et al.:Observations of Loma Prieta aftershocks from a dense array in Sunnyvale, California, Bull. Seim. Soc. Am., Vol.81, pp.1900-1922, 1991.
  6. S. Kinoshita et al.:Secondary Love waves observed by a strong-motion array in the Tokyo lowland, Japan, J. Phys. Earth, Vol.40, pp.99-116, 1992.
  7. K. Kato et al.:3-D simulations of the surface wave propagation in the Kanto sedimentary basin, Japan (Part 1 and 2), Bull. Seim. Soc. Am., Vol.83, pp.1676-1720, 1993.
  8. H. Magistrate et al.:Three-dimensional P-wave velocities of the Los Angeles basin: Merging forward and tomographic models, AGU 1994 Fall Meeting, EOS, p.170, 1994.
  9. A. Frankel and J. Vidale:A 3-D simuration of seismic waves in the Santa Clare valley, Ca., from a Loma Prieta aftershock, Bull. Seim. Soc. Am., Vol.82, pp.2045-2074, 1992.
  10. R.W. Graves:Modeling 3-D site response effects in the Marina district basin, San Francisco, California, Bull. Seim. Soc. Am., Vol.83, pp.1042-1063, 1992.
  11. K. Yomogida and J.T. Etgen:3-D wave propagation in the Los Angeles basin for the Whittier Narrows earthquake, Bull. Seim. Soc. Am., Vol.83, pp.1042-1063, 1992.
  12. J. Qu, T. L. Teng and J. Wang:Modeling of short-period surface wave propagation in southern California, Bull. Seim. Soc. Am., Vol.84, pp.596-612, 1994.
  13. Y. Hisada:3-D simulation of long-period strong ground motion in the Los Angeles basin, Proc. 9th Japan Earthq. Engng. Sym., 1994.
  14. J. Bielak et al.:Earthquake ground motion modeling in large basins, a proposal to Grand Challenge Application, NSF, 1993.
  15. J.R. Shewchok and O. Ghattas:A compiler for parallel finite element methods with domain-decomposed unstructured methods, Proc. of the 7th Intern. Conf. on Domain Decomposition Methods in Scientific and Engineering Compution, 1994.