境界要素法研究会境界要素法論文集第5巻(1988年12月)

境界要素法と断層震源モデルによる堆積盆地におけるP,SV,Rayleigh波の波動解析
P, SV, RAYLEIGH WAVES ANALYSIS IN SEDIMENTARY BASIN BY BOUNDARY ELEMENT METHOD AND SEISMIC SOURCE FAULT
久田 嘉章 (Yoshiaki HISADA)*
山本 俊六 (Shunroku YAMAMOTO)*
谷 資信 (Sukenobu TANI)**
Key Words: Seismic Source, Boundary Element Method, P, SV, Rayleigh Waves, Sedimentary Basin.
* 会員、早稲田大学・大学院生、〒160 東京都新宿区大久保3-4-1、早稲田大学理工学部建築学科谷研究室、Tel.03(203)4141 (内)73-3261
** 非会員、早稲田大学教授・工学博士

1.はじめに
 日本海中部地震('83)地震における新潟市の石油タンクの被害、メキシコ地震('85)におけるメキシコ市の中高層建築の被害、等にみられたように、近年の地震被害は、沖積平野や堆積盆地などの盆地構造を持つ堆積地盤上に建設された長周期構造物に集中する傾向が見られる。我が国の大都市は殆どすべて、関東平野、大阪平野、京都盆地などに代表される堆積盆地上に位置する。このため、盆地地盤での長周期の地震動特性を解明することは、地震工学・耐震工学上非常に重要である。
 一方、やや長周期帯(約一秒から十数秒)を対象にした関東平野(関東堆積盆地)での地震動観測によると、@深さ数kmに及ぶ厚い堆積層、A全平野・盆地規模の広大な不整型地盤、B震源が近い場合は震源位置などの震源の特性、等が盆地内での波動に大きく影響することが確認されている(例えば 1)-3))。よって、関東平野のような堆積盆地での地震動を定量的に評価していくためには、全盆地・平野規模の地盤の不整形と、震源の特性を同時に考慮できる数値解析手法が必要になる。
 現在、震源と不整型地盤双方の特性を含んだ手法として、@破線理論による手法、A差分法、有限要素法等の要素離散化手法、B波数で離散化する半解析的手法、等がある(例えば 4)-7))。手法@は、計算時間は短いが短周期波動を仮定した近似手法であり、手法Aは、汎用性があるが計算時間が長く、比較的に長周期の波動解析に適した手法である。手法Bは、計算時間と汎用性に関し手法@、Aの中間的性質を持つ手法である。
 不整形地盤の波動解析法として、近年、境界要素法(BEM)が多く用いられている。これは、有限要素法等の領域法では扱いにくい無限遠境界の条件を自然に処理できるうえ、扱う要素数も大幅に減少するためである。このため著者らは、境界要素法(BEM)に断層震源モデルを組み込み、震源特性と地盤の不整形を同時に扱える手法を提案した 8),9)。そして、関東平野を対象とした堆積盆地での地震動解析を行い、震源が浅い場合、盆地端部から発生する表面波が、やや長周期帯域において非常に重要な成分になることを指摘した。しかし、これまでの解析では、二次元面外場に限定していたため、扱う波動もSH波とLove波のみであった。
 以上の事から、本論文では二次元面外場を対象とし、BEMに断層震源モデルを組み込む手法を提案する。そして関東平野をモデル化して、堆積盆地におけるP、SV、Rayleigh波の波動解析を行う。

2.断層震源モデルを含む境界要素法(BEM)の定式(二次元面内場)
1) 基礎式:
 周波数領域で解析し、FFTでフーリエ逆変換することから時間領域の波動を求める。
 座標と領域・境界は図1のようにとる。座標X-Z面を面内、Y軸を面外方向とし、以下面内波動のみ扱う。領域は基盤(地殻)を対象とする。
 基盤は本来、異種の物性を持つプレートで構成され、このプレート間で巨大地震が発生すると考えられる。しかし本論文では、基盤を均質等方な弾性体とし、かつ、この中に断層震源があると仮定する。
 境界は外部境界Γ0と内部境界ΓFに分かれる。外部境界Γ0は図1の様に自由表面ΓS、無限遠境界Γ、堆積層との境界ΓBに分かれる。このうち、境界積分方程式において全無限弾性体の基本解を用いると、Γの項は消え、ΓS、ΓBの項が残る。一方、内部境界ΓFには断層震源モデルを導入する。ΓFを密着した二つの境界面ΓF+とΓF-とに分け、面上対応する位置でそれぞれの側の変位と境界応力の差をとる。
 以上の諸仮定を用い、積分表示をすると、次の積分方程式が得られる。
...............(1)
...............(2)
...............(3)
 上式中、i、j、kはx又は2を意味し、同時に総和規約を用いている。又、λ、μはラーメの定数、Uiはi方向変位、Piは同境界応力、X、Yは領域内又は境界上の任意点、XFはΓF上の代表点、Ukiは基本変位解、Pki同境界応力である。記号畜}dΓ(X)は、Xに関する境界積分を表し、係数Cは、Y点の位置によって決まる係数である。例えば、全無限体の基本解を用いたとき、Y点が領域内にあれば1、滑らかな境界上にあれば0.5となる。又、[Ui]、[Pi-]の式中右肩の符号+、−はそれぞれΓF+、ΓF-での値を、ni-はΓF-境界側の外向き法線のi方向成分を表す。
 (1)式からΓS、ΓBに関する積分の項を除けば無限体内に、断層震源があるときのY点の理論変位解となる。
 時間的変動を exp(iωt) とすると、二次元全無限弾性体の基本解 Uki、Pkiは、次式で与えられる。
...............(4)
...............(5)
 ここで、iは虚数、δkiはクロネッカーのデルタ、NはX点のある境界上の外向き法線ベクトル、Niはそのi方向成分、記号 ,iはi方向偏微分、,nはn(法線)方向偏微分、,rはrに関する微分を意味する。又、H0(2)は第二種零次ハンケル関数、H1(2)は第二種一次ハンケル関数、ωは円振動数、VPはP波速度、VSはS波速度である。

2) 二次元断層震源モデルの導入
 断層モデルは、(2)式UkFにおける断層面上の変位[Ui]、応力[Pi-]の与え方により「ディスロケーション(又は運動力学的)モデルと「応用緩和モデル」の二種類に大別できる。ここでは、簡単なディスロケーションモデルで定式化する。
 断層面ΓF上での仮定は Burridge and Knopoff 10)と Haskell 11)に習い、これを二次元化する。

...............(6)
...............(7)
...............(8)
...............(9)
 上式中、(6)式は、断層面上の応力差[Pi-]が零であること。(7)式は、断層面のずれがせん断すべりであることを意味する。又、(8)式における変位の食い違い量[Ui]には以下の仮定を用いている。すなわち、断層面(傾斜角δで傾いている)の端部(XF点)から、破壊が始まり、破壊は一定の破壊伝播速度VRで、幅Wの断層面上を伝わる(図2のξ点)では、食い違い量Dが、時間τ(立ち上がり時間)秒かけて0からDまで一定の速度で生じる(ランプ関数を仮定)。
 (6)-(8)式を(2)式に代入すると次式を得る。
...............(10)
...............(11)
 断層の大きさが無視できないときは、上式をそのまま用いる。しかし、ξの変動に対し、(10)式Uki,jを(10)式の積分の外に出せる。この時、ξに関する積分を実行すると(10)式は、次式にまとまる。
...............(12)
...............(13)
...............(14)
...............(15)
 上式中、ρは密度である。又、M0(ω)、M0は、三次元の震源スペクトル、地震モーメントに該当するものである。尚、本断層モデルは二次元であるため、断層の長さが面外方向に無限に長い、ω=0における変位のフーリエ振幅が発散する、など現実的でない面がある。

3) 内部減衰(Q値)の導入
 本論文では、(4)式の基本解Uki、PkiにおいてVS、VPに該当する項に次式の減衰項を掛けることによって、Q値を導入する。

...............(16)

4) BEM離散化と解法
 (1)式で、X、Y点を境界ΓS、ΓB上に置き、境界積分方程式を求める。次に境界ΓS、ΓBを離散化し、各要素内でUiとPiを一定(一定要素)とし、さらにY点を各直線要素の中点に採りマトリックス表示をする。

...............(17)
 ここで、{U}は境界ΓS、ΓBでの変位、{P}は同応力、{UF}は断層からの変位入力を表すベクトルである。
 マトリックス[P*]、[U*]各成分の積分計算の際、対角項(基本解の特異点を含む)には、級数展開による解析解を、非対角項にはGaussの数値積分を用いた。
 盆地内部(堆積層)は、現実には多層構造となっているため、FEM等の領域法を用いるのが理想的であるが、ここでは簡単に単層としBEMで評価した。
 最終的な全体系の方程式・マトリックスは、基盤と堆積層の各方程式(但し、堆積層上に採るときは、入力項VFは無くなる)を、次式を用い連立させることから得られる。
...............(18)
...............(19)
 ここで、(18)式は自由表面(ΓS)における応力条件、(19)式は堆積層・基盤間の境界面(ΓB)における変位と応力の連続条件である。PS、PBはそれぞれ堆積層、基盤の境界面上の応力、US、UBは同変位を意味する。

3.計算結果
1) 精度チェック(Lambの問題):
 始めに精度チェックするため、Lambの問題の計算を行う。すなわち地表面上に点加振を与え、波動を発生させ、本BEMによる解と理論解(正規モード解 12))と比較する。このため、(1)式のUkFは条件に合うように変える。
...............(20)
 本論文では、Ricker wavelet(卓越周期=5sec)を原点に働く地表面の上下動応力Q(ω)として与えられる。モデルは始め一層地盤モデルでチェックを行う。モデルと定数、要素分割、を図3に示す。
 図4に理論解の結果と本手法による結果を示す。本手法では全無限体の基本解を用いているため、自由表面の離散化は、適当な長さで打ち切っている(図4)。図より両者ほぼ一致し、本手法の妥当性が確かめられる。又、同図からこのモデルでは、P波とSV波に比べ、Rayleigh波が支配的に大きくなっていることが分かる。
 堆積層を持つ二層地盤モデルの精度チェックは、堆積層と基盤との物性を等しくし、上記一層地盤モデルの解と比較する事から行った。

2) 堆積層のP、SV、Rayleigh波解析:
 図5の様に、関東平野を、都心部から東南方向に断面を切り、堆積層と基盤を各一層ずつでモデル化する。盆地内部での、基本モードのRayleigh波の卓越周期は約5秒であり、この値は都心部での地盤構造から実際に予測される各卓越周期 1)とほぼ一致する。
 震源は相模トラフから平野下にもぐり込むフィリピン海のプレートと、ユーラシアプレート(北米プレート?)の境界面に置き、線震源から図5に示したパラメータでパルス状の波動を発生させる。震源Aは都心部の直下にある場合、震源Bは相模トラフ近くの浅い震源位置にある場合である。対象とするのは2秒以上の周期成分である。
 図6が、図5の堆積層上の各観測点における速度波形である。図より、盆地直下に震源があるモデルAでは、盆地内の波動は、ほぼ実体波のみの波動になるのに対し、浅発のモデルBでは実体波(P、SV波)に加え、盆地端部から生じる表面波(主に基本モードのRayleigh波)の存在によって、かなり計測時間の長い波動となることが分かる。
 Q値(内部減衰)を導入すると、減衰の大きな堆積層を伝播するため、実体波に比べ盆地端部から発生するRayleigh波の、その特に短周期成分が大きく減衰する(図6の破線)。
 以上の結果は、これまで得られているSH、Love波に関する結果とほぼ一致する。

4.あとがき
 二次元面内波動場の境界要素法に、断層震源モデルを導入する手法を提案し、その精度チェックを行った。本手法は、震源特性と地盤の不整形を同時に考慮できるため、堆積盆地などでの地震動解析に有効である。
 次に本手法を用い、関東平野をモデル化した堆積盆地におけるやや長周期帯域のP、SV、Rayleigh波の波動解析を行った。そして関東平野のような堆積盆地において、震源が浅く、盆地端部の側方に位置する時、盆地端部から大きなRayleigh波が発生し、盆地内における地震動の継続時間を著しく長くすることを示した。この結果は関東平野における地震動観測による結果と一致する 1)-3)。このため、関東平野のような堆積盆地において、やや長周期帯の地震動には、盆地内で発生する表面波は非常に重要な成分であると考えられる。

参考文献
  1. 田中貞二、吉沢静代、大沢胖: 地震研究所彙報、Vol.54, pp629-654, 1979
  2. M.Yamada, N.Nasu, M.Takeuchi and T.Morioka: 第6回日本地震工学シンポジウム論文集、pp121-128, 1982
  3. 瀬尾和大: 第13回地盤振動シンポジウム、pp27-34, 1985
  4. T.L.Hong and D.V.Helmberger: Bull.Seism.Soc.Am., Vol.68, No.5, pp1313-1330, 1977
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  6. M.Bouchon and K.Aki: Geophys.J.R.astr.Soc., Vol.50, pp669-684, 1977
  7. K.Aki and P.G.Richards: Quantitive Seismology (W.H.Freeman and Company), Vol.II, Chapter 13 pp721-798, 1980
  8. 久田嘉章、山本俊六、谷資信: 境界要素法シンポジウム論文集、第4巻、pp293-298, 1987
  9. 久田嘉章、山本俊六、谷資信: 日本建築学会構造系論文報告集、第393号、1988
  10. R.Burridge and L.Knopoff: Bull.Seism.Soc.Am., Vol.54, pp1875-1888, 1964
  11. N.A.Haskell: Bull.Seism.Soc.Am., Vol.54, No.6, pp1811-1841, 1964
  12. 佐藤泰男: 弾性波動論、岩波書店、1978