震源近傍の強震動 −
改正基準法の設計用入力地震動は妥当か?
−
久田 嘉章*
The input ground motion of the revised seismic code 2000 was discussed by comparing the observed near-source strong ground motions. First, the near-source strong motion was categorized into three types: (1) the random-phase type (the 1940 El Centro type), (2) the long-period pulse type (the 1995 Kobe type), and (3) the large-displacement type (the 1999 Chi-Chi type). After discussing the characteristics of the three types, it was pointed out that the input motion of the seismic code was valid only to the first random phase type, but underestimated the latter two types, especially at longer periods. Thus, when the long-period structures are built, such as base-isolated or tall buildings, near source regions, those effects have to be taken into account appropriately.
1 はじめに
建築基準法が1998年6月に改正され、新しい構造規定が2000年6月から施工された。これにより従来の許容応力度による構造計算に加え、限界耐力計算による計算法によるルートが加えられた(以下、後者を改正基準法と呼ぶ)。改正基準法では表1に示すように工学的基盤(せん断波速度Vsが400
m/s程度以上で相当な層厚を有する硬質地盤)において、損傷限界検証用および安全限界検証用の2種類の標準加速度応答スペクトルが与えられており、それぞれ「稀に発生する地震動」、及び「極めて稀に発生する地震動」、に対応している。図1に改正基準法による工学的基盤における設計用加速度応答スペクトルと、安全限界検証用の模擬地震波(Jennings型包絡、ランダム位相)を示す。
改正基準法では工学基盤における加速度応答スペクトルに、地域係数や表層地盤増幅率を乗じて地表面の標準加速度応答スペクトルは求める。基盤地震動や表層地盤増幅率が入力地震動評価に陽な形で定式化されている点
図1:改正基準法による加速度応答スペクトルと安全限界用の模擬地震波(工学的基盤上)
など大いに評価されるべきであるが、そのスペクトル形状や振幅値は、強震動地震学などの近年の知見が考慮された訳ではなく、兵庫県南部地震などの震災経験から新耐震設計法の有効性が確認されたとし、1981年の新耐震設計法の入力レベルと同レベルになるように設定されている。しかし実際には兵庫県南部地震における震災の帯の強震動は、新耐震設計法による入力レベルを凌駕しており、新耐震設計法による建物が総じて軽度の被害で済んだのは構造計算外の余力や安全率などのためであり、新耐震設計法の構造設計体系そのものの妥当性が確認された訳ではないと指摘されている(例えば文献1))。さらに改正基準法では、これまで大臣認定を必要とした免震建築も、告示に示された仕様規定を満たせば建築確認を直接行えるように変更されている。その際、想定地震力は表1のレベルを仮定しているが、免震建築のような余力が期待できない建物は、基準法以上の地震力を受けた場合、想定外の被害が出ることも十分予想される。
近年、強震観測網が充実するに伴い、震源近傍で数多くの強震記録が収録され、震源近傍の様々な強震動特性が明らかになってきた。その結果、条件によっては改正基準法の入力レベルよりはるかに大きくなりうることが証明されている。そこで本論文では近年得られた多くの知見を基に、震源近傍における強震動の特性を概観し、それをもとには改正基準法の入力地震動の妥当性や適用範囲について私見を述べたい。
2 震源近傍の強震動特性
本論文でいう震源近傍の強震動とは、強震動特性に占める震源・伝播・サイト特性のうち、震源特性が支配的となる強震動とする。その諸特性に関しては昨年の本シンポジウム資料を始め既に多くの文献があるが、ここでは便宜上次の3つのタイプに分け、なるべく地盤条件の良い場所で観測された強震記録を例に、その特性と改正基準法で想定されている地震動との関連を述べたい。
2.1
ランダム位相タイプ(エルセントロ型)
2.2 長周期パルスタイプ(神戸型)
2.3 大変位タイプ(台湾型)
後の台湾・集集地震にみるように、例え同一の地震でも観測点の場所によって上の3つのタイプ全てが観測され得る。一方、1985年メキシコ地震の観測波のように加速度・速度レベルではランダム波形でも、変位レベルでは大変位が現れるなど、全ての波形が厳密に分類できる訳ではないことを附記しておく。
2.1
ランダム位相タイプ(エルセントロ型)
エルセントロ波に代表される地震波で、震源近傍ながら位相がランダムと見なせ、短周期の卓越する地震波である。断層直交(Fault Normal, FN)成分と断層平行(Fault Parallel,
FP)成分に、通常は特に大きな差は見られない。観測条件として、地表断層が現れるなど震源が浅い時は破壊伝播が遠ざかる場合(Backward
Directivity:破壊伝播の後方指向性)や、大規模な震源ながら深さがやや深い場合、などがある。
2.1.1
浅い地震で破壊伝播が観測点から遠ざかる場合
震源断層が浅く、断層面上を伝播する破壊フロントが観測点から遠ざかる場合、断層各点から発生する地震波はランダムな重ね合わせとなり、短周期成分が卓越する波形となる。代表例として、1940年Imperial Valley地震のエルセントロ波と、1952年Kern
County地震のタフト波の速度波形を、それぞれ図2と図3に示す。タフトは震源断層からやや離れており、波形後半に表面波が現れているが、断層面の観測点寄りに震央が位置し、破壊伝播は観測点から遠ざかる方向にある。図にはFN成分とFP成分図をそれぞれ示しているが、両者に特に大きな差は見られない。同時に加速度応答スペクトルも示しているが、よく知られているように基準法のスペクトルは、エルセントロ地震波が基礎になっていることが分かる。
図2:1940年Imperial
Valley地震の震源断層とエルセントロ速度波、及び応答スペクトル(ランダム位相タイプ)
図3:1952年Kern
County地震の震源断層とタフト速度波、及び応答スペクトル(ランダム位相タイプ)
2.1.2
断層面の直上ながら震源深さがやや深い場合
震源断層の直上に観測点がある場合でも、断層面が10〜20
km以上深ければ観測される波形は後述のdirectivity効果が弱くランダム波とみなせ、短周期の卓越する波形となる。例として図4に、1985年メキシコ(Michoacan)地震の震源断層と観測点、及び震源断層の直上で観測された波形と応答スペクトルを示す2)。地震規模はM8クラスであるが、海岸線沿いの各観測点は断層面までの深さが20
km以上あるため、破壊伝播が遠ざかるbackward側のCaleta de Camposだけでなく、近づくforward側のLa
Unionにおいても短周期成分の卓越するほぼランダムな波形となっている。地盤条件(ほぼ岩盤)も良いため、スペクトルの振幅も改正基準法(安全限界レベル)の約半分程度である。同様な波形は1985年チリ地震や、1999年台湾集集地震でも上盤側の断層面直上の観測点でも観測されている。
2.2
長周期パルスタイプ(神戸型)
震源断層が浅く、破壊伝播が観測点に近づいてくる場合、Forward
directivity(前方指向性)効果により、周期1〜2秒以上のやや長周期(またはやや短周期1))で断層直交成分が卓越するパルス状の波形となる。カルフォルニアでは1960年代からしばしば観測されており、1995年兵庫県南部地震以前から観測・理論両面から良く知られていた現象であった。日本では1994年ノースリッジ地震と兵庫県南部地震を契機に著者により本シンポジウムで紹介され3)、その後、纐纈による解説で広くその存在が広く知られるようになった4)。さらに兵庫県南部地震以降、詳細な震源過程の逆解析が行われ、長周期パルス波は対応する各アスペリティ−からそれぞれ発生することが明らかにされ、その結果、アスペリティーサイズや個数のスケーリング則や、アスペリティーサイズとパルス波の卓越周期の関係、directivity効果を考慮した経験式、発生する場所の適用範囲などが提案されている(例えば文献1),5)-8))。
一方、長周期パルス波の発生個数やその卓越周期に関して、断層が地表に現れない場合と現れる場合に顕著な違いがあると指摘されている9)。動力学による震源モデルでも断層が地表を切った場合、断層すべりが急激に増大することが確認されている10)。断層が地表に現れない場合(武村によると気象庁マグニチュード6.7程度以下11))、周期1〜2秒のやや長周期(やや短周期)で卓越する数個のパルス波で構成され、通常の規模の建築物には極めて危険な破壊力を持つ波形となる。それに対し断層が地表に現れた場合(同M6.8〜7.0以上)、より長周期な成分が卓越する単一に近いパルス波となり、他方で短周期が抑えられるため、通常の規模の建築物にはかえって前者よりも安全側になる可能性も指摘されている9)。但し日本では断層が地表に現れた場合の震源近傍の波形はまだ観測されておらず、断層の生成過程が異なる海外のケースと単純に比較はできないとの指摘もある11)。
従って長周期パルスタイプを、断層が地表面に現れる場合と現れない場合の2タイプに分類することも可能であるが、下の例に示すように地表断層が現れても変位量があまり大きくない場合は、パルス波の卓越周期はさほど長くならない(図5)。また断層が地表面に現れる場合、横ずれ断層による地表断層のごく近傍では断層平行(FP)成分の長周期成分も卓越するなど、断層直交(FN)成分が卓越する長周期パルスタイプとは明らかに異なる。このため地表断層の変位量が小さい(1m程度以下)場合を含め、ここでは顕著なForward
directivity(前方指向性)効果によるFN成分が卓越するやや長周期のパルス波が観測された場合を長周期パルスタイプとし、一方、地表断層の変位量が大きい場合は、次の大変位タイプと分類することにする。
長周期パルスタイプの代表例として、右横ずれ断層である1979年Imperial
Valley地震と1995年兵庫県南部地震(左横ずれ断層)の波形と応答スペクトルの例を図5、6に示す。図5の1979年Imperial
Valley地震は、1940年の地震と同じImperial
Valley断層沿いに地表断層を伴って発生した地震であるが、地表の食い違い変位量は1m程度と小さく12)、また震源が断層の南側にあったため、北側の観測点でForward
directivity側となった。よってFN成分に200
kine以上の長周期パルス波を生じ、FN成分の応答スペクトルの周期約1〜2秒以上で修正基準法の入力地震レベルを凌駕している。
同様に図6は1995年兵庫県南部地震の神戸大学の記録であるが、良く知られているように神戸側はForward
directivity側となり、FN成分に長周期パルス波を生じ、応答スペクトルはやや長周期で修正基準法を大きく上回っている。この他、1994年Northridge地震(逆断層、文献3)などを参照)や2000年鳥取県西部地震(左横ずれ断層)の強震記録などFN成分が卓越する長周期パルスタイプは近年、数多く観測されている。
図5:1979年Imperial
Valley地震の震源断層と断層近傍の観測波、及び応答スペクトル(長周期パルスタイプ)
図6:1995年兵庫県南部地震地震の震源断層と断層近傍の観測波、及び応答スペクトル(長周期パルスタイプ)
2.3
大変位タイプ(台湾型)
地震により地表断層が現れる場合、地表断層の近傍では断層の食い違い運動による大変位が発生し、長周期成分の卓越する波形となる。横ずれ断層の場合、断層面を挟んだ地面がほぼ等しい大きさで逆方向にずれを生じ、断層直交(FN)成分には前方指向性効果による顕著な長周期パルス波が現れるが、断層平行(FP)成分にも大きな永久変位が現れ、長周期のパルス波となることに注意すべきである。一方、逆断層の場合、前方指向性効果による長周期パルス波と同時に永久変位もFN成分と上下成分に現れ、また上盤側が下盤側に乗り上げるため、特に上盤側の地表断層近傍の両成分に極めて大きな長周期成分が生じる特徴がある。前者の代表例として1992年Landers地震や1999年トルコ・Kocaeli地震、後者の例として1999年台湾・集集地震が挙げられる。
ここで、断層面のアスペリティー(大きな食い違いを生じる部分とする)の食い違いによる変位の距離減衰を簡単なモデルで見積もってみる。均質・一様地盤を仮定し場合、図7に示すように半径Rの円形アスペリティーと断層面から鉛直距離Zにおける断層すべり方向の静的変位解は次式で与えられる。
…(1)
ここで、はポアソン比、は断層面の食い違いすべり量、また
…(2)
である。
一方、断層面から距離Z が、アスペリティー半径R
より大きい場合、(1)式は以下のように近似される。
…(3)
(2)式から明らかなように断層面からの距離が遠くなると、距離Zの2乗に反比例して変位振幅が減少する。実体波が距離に反比例、表面波が距離の平方根に反比例するのに対し、静的変位は大きな距離減衰を示す。
一例としてアスペリティー半径を10 km、食い違い量を10
m(一定)として(1)式及び(2)式による距離Zと静的変位Uとの関係を図8に示す。図より断層のごく近傍からアスペリティー半径の1/10程度の距離(1
km)までは変位量はほぼ一定の5m(全食い違いの半分)であるが、それ以降は急激に振幅が減少し、アスペリティー半径に等しい距離約10
kmで1/5の約1mまで低減している。さらにそれ以降の遠方では距離の2乗に反比例して振幅が減少する。現実には自由表面や地盤条件なの影響を受け、上式はそのままでは使用できないが、大まかには断層の食い違いによる大変位の影響は、各アスペリティーの半径にほぼ等しい範囲内の限られることが分かる。
大変位タイプの観測例として1992年Landers地震、2000年集集地震の例を図9、10に示す。図9は1992年Landers地震の震源断層、及び2〜5mのすべり(右横ずれ)を生じたCamp
Rock/Emerson断層のごく近傍にあるLucerne Valley(LUC)におけるFN成分(N50E)、FP
成分(N40W)の速度及び変位波形である。FN、FP成分ともに大振幅の速度パルス波を生じており、FP成分には3m弱の永久変位が現れている13)。速度応答スペクトルでは、周期2〜3秒以上でFN成分だけでなく、FP成分も改正基準法の安全限界レベルを大きく凌駕している。
同様に図10は2000年集集地震の震源断層と、上盤側の地表断層のごく近傍における石岡(TCU068)のFN成分(GPS観測からN45Wと仮定)、FP成分(同N45E)及び上下成分の速度及び変位記録である。前述したように逆断層かつ前方指向性効果により、FN成分と上下成分に400
kine近い大振幅の長周期パルス波が現れ、大きな永久変位も現れている(FN成分は10
m近い)。同図の速度応答スペクトルより、改正基準法の安全限界レベルでは周期2〜3秒以上の長周期成分で全く過小評価になることが分かる。
一方、逆断層による下盤側の観測例として、2000年集集地震における強震記録による応答スペクトルを図11に示す。観測点位置は図10に示されており、下盤側の地表断層のごく近傍の4点、および地表断層から5〜10km程度離れた観測点を同じく4点を図示している。図11より地表断層のごく近傍では、やや長周期で改正基準法の安全限界レベルを超えているが、地表断層から5〜10km程度を超えると改正基準法の安全限界レベルにほぼ収まっていることが分かる。
3
震源近傍の強震動と改正基準法の設計用入力地震動
以上のように本論文では、震源近傍の強震動特性を、(1)ランダム位相タイプ(エルセントロ型)、(2)長周期パルスタイプ(神戸型)、(3)大変位タイプ(台湾型)に分け、それぞれの成因や特徴を概観した。表2に各タイプの特徴をまとめて示すが、改正基準法の設計用入力地震動はランダム位相タイプには対応可能であるが、長周期パルスタイプと大変位タイプの地震波に対して長周期側で過小評価になっている。
長周期パルスタイプは断層面直交成分にパルス波が卓越する特徴があるが、その影響が顕著に表れる領域や周期範囲が大野7)によって整理されている。それによると長周期パルスの影響する領域範囲は、横ずれ断層では断層直交方向に幅10km程度、破壊伝播方向に25km程度、逆断層では断層上端から約±5km程度、また卓越周期の範囲は1秒以上の長周期であるとされ、本論文で取り上げた波形もその代表例である。一方、パルス幅(卓越周期)に関してもいくつかの経験式が提案されている1),14)-16)。但し、それらの諸特性は震源規模やタイプ、断層破壊条件、地盤条件、上盤/下盤などの諸条件で大きく変化するため、詳細な検討は数値シミュレーションによるべきである。
一方、断層すべり運動に起因する大変位タイプの場合、大規模な地表断層の近傍で生じるため、残念ながらまだあまり多くの観測記録は得られていない。そこで本論文では始めに簡単な距離減衰に関する検討を行った。その結果、図8に示すようにアスペリティー(大きなすべりを生じる部分)の半径にほぼ等しい領域以内で顕著な変位を生じ、それ以遠では距離の2乗に逆比例して急激に振幅を減じることを示した。横ずれ断層では断層直交成分のみならず断層平行成分にも長周期パルス波と永久変位が生じる。一方、逆断層では上盤側の断層直交成分及び上下成分に大きな長周期パルス波と永久変位が生じる。このタイプの場合、図9、10に見られるように長周期成分が卓越する一方、短周期成分の振幅は小さいことも注目される。これは地表にごく近い地震断層からは短周期成分の励起が小さいことと、断層が地表を切った場合、すべりとアスペリティーサイズが一気に大きくなるためと考えられている。
ここで示した観測記録は海外の例が殆どであるが、我が国でも長周期パルスタイプや大変位タイプの入力地震を考慮すべき地域は数多く存在する。例えば地震調査研究推進本部によると、神縄・国府津−松田断層帯では今後数百年以内に変位量10m程度、マグニチュード8程度の規模の地震が発生する可能性があるとされている。また富士川河口断層帯では今後数百年以内の比較的近い将来に、変位量が7mまたはそれ以上、マグニチュ−ド8程度の地震が発生する可能性が指摘され、さらに糸魚川−静岡構造線活断層系でも牛伏寺断層を含む区間では、現在を含めた今後数百年以内に、M8程度の規模の地震が発生する可能性が高い、とされている。今後、活断層評価は全国規模で順次結果が公表される予定であり、続々と危険度の高いと判定される断層が現れるものと思われる。従って規模が大きく、危険度の高い活断層のごく近傍では、食い違い永久変位などを考慮した強震動評価を行うことが重要になると考えられる。最近では食い違い変形による静的変形をも考慮した地震動評価も実用化されつつある17)。
基準法の設計用入力地震動レベルを超える長周期パルスタイプや大変位タイプの地震を受けた場合、建築物はどのような被害を受けるのであろうか? 通常規模の建物で新耐震基準による適切な構造設計をしていれば、非構造壁などの余力や安全率などによって、大きな構造的被害を免れることが可能であることが兵庫県南部地震で示された1)。また集集地震の被害調査でも大規模な地表断層近くでは、地表断層の直上を除き、日本の建物よりも弱いと考えられる低層建物の被害は軽微であった18)。従って地表断層の直上や特殊な地盤条件を除き、通常規模の建物であれば、震源近傍の建物が崩壊まで至る危険度はさほど高くはないと思われる。但し、これは設計用入力地震動レベルが妥当であるというよりも、余力や安全率などによる想定外の結果であることに注意すべきである。
一方で、長周期パルスタイプや大変位タイプの入力地震に危惧すべきは、余力の乏しい免震構造や超高層建築などである。基準法改正により、従来センター評定を必要とした免震建築も一定の条件を満たせば仕様規定による設計が可能になっている。しかし、特に集集地震(石岡)のような大規模な逆断層地震における上盤側の地表断層の近くでは大変位タイプの地震動により、通常の免震では免震層に大変形が生じ、擁壁への衝突など想定外の大被害が生じる可能性が高い19),20)。活断層の近傍では免震建築を採用には大きな注意が必要である。
4
まとめ
本論文では震源近傍の強震動特性を表2に示すようにまとめた。改正基準法による入力地震動はランダム位相タイプの地震動を前提としており、長周期パルス波タイプや大変位タイプには長周期帯域で対応できていないことを示した。81年の新耐震基準では、層せん断力係数という形であいまいになっていた入力地震動と建物の応答が今回の改正では明快に分離された。新耐震基準では非構造壁など計算外の余力を含む建物応答で成り立っていた設計体系が、今回の分離により実際の震源近傍の地震動との差異がより鮮明になったとも言える。特に免震や超高層建築のように余力があまり期待できない建物は、震源近傍の地震動が深刻な問題となり得ることを重ねて強調したい。今後、震源近傍の強震記録が充実するに従い、これらの問題は繰り返し議論され続けると思われる。
一方で、長周期パルス波や大変位タイプは浅い震源断層のごく近傍で発生する特殊な地震動であり、その他の地域では基準法により安全側に評価されていることをも強調したい。武村11)は地震規模別に震源近傍の強震記録による応答スペクトルを整理しており、Mjが6.7以下では建築センターのレベル2以下に、M6.8以上では道路橋示方書(一種地盤)レベル以下に、それぞれほぼ収まっていることを示している。長周期パルス波タイプや大変位タイプの地震動を考慮すべき地域は、危険度の高い大規模な活断層の近くのみであり、全国一律な基準の入力地震動レベルをさらに上げる必要は無い。
一方、基準法は単に最低限の基準であり、震源近傍などの特殊な条件における地震動評価や構造設計は、自治体や設計者など個々の判断に任せるべきという考えもある。しかし厳しい経済競争の中で、設計者自身で適切な断層モデルや地盤モデルを設定し、あえて危険側に出る可能性の高い地震動評価を行うことには限界がある。重要度の高い建物の地震動評価はコンサルなどの専門家に任せるべきであるし、危険性の高いと判断される地域にはやはり何らかの国による指導や規制が必要であると思われる。米国では既にUBC(Uniform Building Code)の1997年の改訂により、長周期パルスタイプを考慮したNear Source
Factorが採用されている21)。これは活断層帯を示したNear-Source
Maps22)を参照し、建設サイトの近くにA-Type(M>7、すべり速度>5
mm/年)か、B-Type(M>6.5、すべり速度>2 mm/年)の活断層の有無を調べ、A-Typeでは断層から15 km以内、B-Typeでは10
km以内の範囲で、断層直交成分の周期1秒以上のスペクトル振幅を約20%まで増加させるというものである。一方、我が国では現在、地震調査研究推進本部による全国を概観する地震動予測地図の作成が5年計画で予定されている。そこには確率的危険度評価とともに、全国各地の活断層を考慮したシナリオ型地震による時刻歴波形も計算する予定とのことである。また名古屋市では工学者や実務家の意見も交えた地域特性を考慮した入力地震動作成に関する先端的な試みが行われている23)。今後は工学・理学や省庁間の壁を越えて実際に設計用入力地震動として使用可能な地震動予測地図の必要性を痛感する。例えば地盤震動小委員会が主体となって試案を作ってみるのも面白いと思う。
表2:震源近傍の強震動特性の分類(図中、FNは断層面直交、FPは断層面平行)
タイプ |
特 徴 |
成立条件 |
距離 減衰 |
改正基準法 の地震動 |
代表的な強震記録 |
ランダム 位相 |
ランダム位相で、短周期成分が卓越。観測記録ではFN、FP成分に特に大きな差異は見られない。 |
浅い地震の場合は破壊伝播の後方指向性より。震源断層直上の場合は震源が10〜20km程度より深い場合。 |
≒1/√r 〜 1/r |
○ (対応) |
El Centro波 (1940 Imperial Valley地震), Taft波 (1952 Kern County地震)、 Caleta de Campos波、 La Union波(1985 Michoacan地震) |
長周期 パルス |
やや短周期1)(1〜2秒)以上で卓越するパルス波がFN成分に発生。 |
浅い地震で、かつ破壊伝播の前方指向性。断層の各アスペリティーから発生。 |
≒1/r |
× (非対応) |
Meloland波 (1979 Imperial Valley地震), Rinaldi波 (1994 Northridge地震) 神戸大波、JMA波 (1995年兵庫県南部地震) |
大変位 |
横ずれ断層ではFN成分とFP成分に、縦ずれ断層ではFN成分にやや長周期(2秒程度以上)が卓越する。特に逆断層では上盤側の地表断層近傍で上下成分を含むFN成分で大振幅の長周期地震動を発生。短周期成分は小さい。 |
大規模な食い違いすべりを伴う地表断層の近傍。 |
≒1/r 〜1/r2 |
× (非対応、但し約1秒以下の短周期には対応) |
Lucerne Valley波 (1992 Landers地震) TCU068波、TCU052波 (1999年集集地震) |
謝辞
本論文で用いた強震記録はPEER(Pacific Earthquake Research
Center)のWebサイトの強震記録データベース
http://peer.berkeley.edu/research/motions/
及び、台湾中央気象台のデータを使用しました。
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20) 宮崎光生、水江 正、震源近傍の強震動に対して免震構造は対応可能か? 日本建築学会、pp.119-136, 2000
21) 例えば、Western States Seismic Policy
Council Newsletter, Summer 1997 Issue
http://www.wsspc.org/pubs/news/news797.html
22) The International Conference of Building
Officials (ICBO), Maps of Known Active Fault Near-Source Zones in California and
Adjacent Portions of Nevada, 1977, 例えば
http://www.consrv.ca.gov/dmg/shezp/shmb/007/index.htm#ICBO
23) 福和伸夫、久保哲夫、飯吉勝巳、大西稔、佐藤俊明、他、愛知県名古屋市を対象とした設計用地震動の策定(その1〜7)、日本建築学会学術講演梗概集、B-2、構造U、pp.81-94、2001